ポートレートコラム
株式会社メディアエイド 代表取締役社長
九島遼大
Photo/Write : Tetsuya Hara
私は重い機材を抱えながら汗だくになっていた。その日、東京は32.5度を記録していた。指定された住所に到着すると見上げても頂上が見えないくらいの高層マンションだった。私は額から滴り落ちる汗を手のひらで拭った。エントランスには一足先にインタビュアーがいた。「すごいマンションですね。」二人は広漠たるエントランスホールを見渡した。受付をすまし、動いている事が、わからないくらい静かなエレベーターで目的の階に到着した。扉を開けると人懐っこい笑顔で彼が迎え入れてくれた。大きな瞳がキラキラと輝き、アイドルグループにいてもおかしくないほどの美男子だった。彼は祖父と祖母、両親も医師をしている家庭で生まれ育ち、彼自身も医大生であった。それだけでなくTikTokで33万ものフォロワーを抱えるインフルエンサーであり、会社の経営者でもある。最年少でフェラーリ・オーナーズ・クラブに入会したという逸話もある。まるでアニメやドラマに出てくるキャラクターだ。フォトセッションの時間となり、私の指示に対し、心地よい返事で素直に応じる彼はレンズ越しでみても完璧だった。しかし私は見逃さなかった。撮影中、彼の指が常にソワソワと動いていた。私は彼の柔らかい部分に踏み込む事を決めた。「このレンズの奥に今までで一番挫折した自分がいるとします。」「もし声がかけられるとしたらどんな声をかけますか?」彼は真剣な表情でレンズを見つめた。「あきらめないでほしい」「今は明るい未来など想像できないと思う。辛いことが続くけど、ここは耐えてほしい。」彼の瞳はほんの少し、潤んでいるようにも見えた。誰にも言えないような辛い過去がある。私にもあなたにも完璧に見える彼にも…。次は5年後の自分をイメージしてもらった。彼は「わからない」と言った。「今の僕からイメージできる5年後はあるけど、これから先、多くのことを経験して、色々なことを知っている僕がイメージする未来は、今の僕がイメージできる未来とは違うものになっていると思う。」「だから、わからない。」私は撮影の度にこの質問をするのだが、彼のような答えは初めてだった。彼が「あきらめないでほしい」と伝えた過去の彼には現在の彼が想像できなかったように今の彼にも想像ができない彼の未来は、私達にどんな驚きを齎してくれるのだろう…。帰り際、私は振り返ってマンションを見上げた。真夏の日差しに照らされてキラキラと輝く、高層マンションの頂上はやはりみえなかった。