ポートレートコラム
向田英雄
Photo/Write : Tetsuya Hara
眠たそうな顔をして、代々木のスタジオにやってきた。「忙しそうですね?」私の問いに「忙しいですね。」と彼は当たり前のように答えた。彼とは向田英雄である。私はポートレートを撮るため、いつものように一時間半ほど彼の半生を聞いた。彼の声は小さい。耳を澄まさないと聞き逃してしまう。私は話しに集中した。彼はごく一般的な学生時代を過ごし、他の誰かと同じように迷いながら、その人生を歩んだ。彼を語る上で象徴的なエピソードがある。高校時代の話しだ。彼は小学生の時に夢中になった野球への情熱が捨てきれず、中学野球を経験しないで、高校野球の世界に飛び込んだ。十代での三年間の経験の差は計り知れない。そのハンデを克服しようと彼は懸命に練習に打ち込んだ。3年生になり、彼は野球部の中でも一目置かれる存在となった。彼はとてもシャイだが、彼の周りには素晴らしい友人や仲間が集まった。己の可能性を信じ、静かに情熱を燃やす、その背中が雄弁に語る。その背中に皆が惹きつけられるのだろう。自分の可能性を信じられないでいる人達にとって、彼は彼の名前が示す通り”英雄”だ。彼が自ら切り開いた道は、そんな人達の一本の道標となるだろう。言うならば、彼は”小さな声で語る英雄”なのだ。