彼女が14歳の時に大好きだった母親が亡くなったという話を聞いた。壮絶な死だったそうだ。そして彼女はまだその”場所”にいた。ずっとその”場所”にいる。彼女がそうする事を望んでいるのだ…。渋谷センター街を抜けた先の所謂、”奥渋”にある地下スタジオで彼女と待ち合わせた。天気のよい午前中だった。私が現地に着いた時、彼女はちょうど地下スタジオの階段を降りるところだった。真っ白なシャツに真っ白なパンツという服装でとても美しかった。彼女と目があった。力強く、深い瞳であった。そしてなにかに耐えているような表情をしていた。母親の死後、彼女はずっと山本家の家事をやりながら中学、高校、大学に通った。精神的にも体力的にも常にピンと張り詰めた状態であったようだ。
カシャ。私は彼女にスタジオの壁にもたれるよう指示を出した。ライトボックスを彼女の顔のギリギリまで近づけた。壁とライトボックスに挟まれ、彼女は閉された。彼女は少しだけ居心地に悪そうな表情をした。カシャ。カシャ。カシャ。私はシャッターボタンを押し続けた。カシャ。カシャ。カシャ。無数のシャッター音が消えていく。彼女はなにかを諦めたように真っ直ぐにレンズを見据えた。彼女の奥には彼女の母親がいた。カシャ。カシャ。カシャ。シャッターボタンを押し続けた。彼女はその宿命に耐えるように生きていた。彼女は頷いた。母親と離れる時が来たのだ。彼女は大きく笑った。眩しいくらい美しく穏やかな笑顔だった。そして母親も一緒に笑った。彼女の中に母親はもういなかった。すぐ隣で彼女を優しい表情で見守っている。撮影が終わり、彼女は軽やかに階段を駆け上がった。私はその後に続いた。視線を上げると彼女の先には光が満ち溢れていた。彼女はそのまま光の中に飛び込んだ。新しい彼女の新しいステージは今始まった。