挫折を超えて『AGRIOS』で農業の生産性改革に挑む
井出寿利【後編】

387view
Profile
プロフィール
氏名 井出寿利
会社名 株式会社井出トマト農園
略歴 祖父の代から90年続く湘南のトマト農家に生まれ、日本大学で農学を学んだ後、父の農園で働く。自身が50人規模の農園経営をする中でデータ収集や生産性管理の難しさを痛感し、独自のハウス内作業のデータ収集のクラウドサービス『AGRIOS(アグリオーエス)』を開発。現在は、日本の農業の生産性を高めるべく、『AGRIOS』の普及を目指す。
Interviewer
Masahira Tate
Masahira Tate

90年続くトマト農家に生まれた井出寿利さん。若くして家業を継ぐも、働き手が定着しないなど、経営で多くの挫折を味わってきました。試行錯誤の末、農業にビジネスマインドを取り入れ、クラウドツール『AGRIOS』を開発導入するなどの改革を進め、現在は働きがいがあって生産性の高い農業の実現という目標を達成しつつあります。農園経営の先に、アグリテック企業として「日本の農業の生産性向上」に貢献することを目指す井出さんにお話をうかがいました。

» » »前編から続く】

一次産業の生産性を上げたい

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【聞き手:楯雅平、以下:楯】トマトという枠を超えて、農業全体で言うと、どのような課題を感じておられますか?

【話し手:井出寿利(敬称略)、以下:井出】経営管理能力の低さです。有効な経営指標を見いだせていない農家が多い。なので、投資もせず小さな事業でとどまってしまっている。あとは、それに附随して稼げないから後継者がいない、という問題もあります。これは農業だけでなく漁業も同じです。ノルウェーやニュージーランドは日本と比べると1人あたりの漁獲高が7~8倍ちがうそうです。ですから、向こうの国では若い人が漁業をやりたくて仕方がない。

日本と何がそんなにちがうのか、と言うととオランダのトマト農園と同じで効率化、合理化、淘汰というプロセスがあったかどうかなんですね。日本では、農業も漁業も競争を避けて、個人で細々経営する働き方を国が推奨してきたようなフシがあります。農政の話になりますが、みんな同じようなレベルの農業をやってね。というように大きなイノベーションを求められてこなかったのです。その中で、世界からの競争に置いて行かれている。世界には強い一次産業がある中で、日本が変化できない状況には危機感を覚えますね。

データ・ドリブンで農業経営に革命を

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】そういった問題意識から、伝統的な農業の枠にとどまらずアグリテック企業として『AGRIOS』というクラウドサービスを開発されたそうですが、そこに至るまでに何があったのかを詳しく教えてください。

【井出】『AGRIOS』は自分自身が必要に迫られてつくった、という背景があります。若い頃はトマトの栽培技術だけならしっかりと身につけていました。しかし、農場の規模が大きくなるとマーケティングや販売、人と組織の問題が出てきます。トマトが育てられるだけではダメで、経営者にならなければならなくなりました。マネジメントスキルが伴わないと、いくら農場を大きくしても経営者のキャパシティの上限で成長は止まります。さらに悪いことに、やりがいをもって働けているという人も減り、人間関係も悪化して、自分も従業員も不幸になってしまいました。

僕は2007年に父親から従業員数8人のトマト農園を引き継ぎました。それを50人にするのが目標でした。それで、従業員55人まで増やした結果、コミュニケーションが上手くいかず半分くらいの人たちが辞めることになってしまいました。その後も、50人まで増えては30人とか25人までに減ってしまう、という失敗を4回繰り返してしまいました。パートではなく、正社員ならいいのか? とかいろいろとやってみたのですが、すべてダメでした。

うまくいかなくなってくると「なんだか私ばかり大変な思いをしている」「作業を多くしても評価されるわけではないから、おしゃべりして気ままにやりたい」「時給で働いているから、経営のことなんて関係ないので話さないでほしい」など、従業員との関係がギクシャクしたことがたくさんありました。「お父さんの時とやり方がちがうのでイヤだ。やめたい」と言われたこともあります。

僕はトマトをたくさんつくりたい、おいしいと言ってもらいたい、そんな願いでやっていましたが、この時ばかりは挫折を覚えましたね。本気で「このまま続けるのは無理だ」と感じていました。そこで、データに基づいてみんながやるべきことを把握して、達成するべき目標に対してブレずに働ける仕組みをつくらなければダメだという思いに至りました。そうして作られたのがこの『AGRIOS』です。こうしたおかげで、悩みの種だった離職率がいまは半減しています。

AGRIOSで実現したいこと

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】『AGRIOS』の主な機能を教えてください。

【井出】いろいろありますが、まずひとつは個人の作業の見える化ですね。主要作業の生産性の分析、1平米あたりの収穫量の生産性分析です。だれもができる簡単な手順で数値を入力すると、個人やチームの生産性がわかるようになります。たとえば、いまうちの農園の中で1番収穫量の多い人は『AGRIOS』で成果を見える化する前は「がんばれない人」だったのです。こういう人が可視化されると、チームの成績がさがるので「みんなで協力して生産性をあげるよう」となって、結果的に問題児がナンバー1に変身するなんてことが起こるのです。見える化によって、やりがいが出ますし、生産性も確実に向上します。

あとは、前年実績を参考にして、月ごとにどれくらい労働時間があれば足りるか、売上げに対して人件費率は何割か?を計算できる機能などもありますね。1ヶ月に2,000時間必要だとしたら、社員で◯人、アルバイトで◯人というように人員計画を立てられます。『AGRIOS』に集約したデータを元に、何が効果的か可視化ができるようになるので、売上が1~2割増えて、人件費は逆に1~2割削減できます。それで「月額3980円〜」という値段なら安いね、となります(笑)。経営を大きくしたいときにも、データが役立ちますよね。こういった形で『AGRIOS』を使っていただく農家の成功を後押しをしたいと思っています。

—【楯】いま、この『AGRIOS』は井出さんのところだけで使われているのでしょうか?

【井出】うちの農園と、外部でも8社お使いいただいています。別途3社導入が決まっていますね(※2019年4月時点)。

—【楯】料金体系、支払いの方法などはどうなっていますか?

【井出】基本アカウントが3,980円(税抜)、スタッフアカウントが1つ増えるごとに+1,000円(税抜)です。支払い方法は口座引落しです。製造業の生産性管理システムと比較すると劇的な安さです。

農家による、農家のためのシステム

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】この先の展望はいかがでしょうか?

大きく言えば「日本の農業が『AGRIOS』で変わったね』といわれる便利なサービスに育てていきたいです。みんな東京でサラリーマンになってしまうのは、農業に他産業の企業のような高い収益性や仕組化の魅力づくりが足りないからです。『AGRIOS』を活かして、日本の農業者が企業的な数値感覚をもち、経営リスクを分析・管理して、成長させられることができるようになればうれしいです。高齢化少子化を補うために単純に外国人労働者を増やすというのは安易で、外国人実習生が日本に来なくなったら?とリスクに備えなくてはいけません。そのために、早いうちから日本人にも魅力があるチーム作りや、組織づくりをしておかなければいけません。そういう考え方の延長に生まれたのが『AGRIOS』です。

—【楯】『AGRIOS』が他の農業経営支援ソフトウェアとくらべて優れている点は何ですか?

【井出】農業生産者が作った、経営に役立つシステムだという点です。これまで農業日誌をつけるシステムを提供する会社はたくさんありました。それらがなぜ農業界にインパクトを与えず、ムーブメントを起こさなかったかというと、スーパーマーケットや食品会社側にとって便利なようにつくられたシステムだったからです。単にトレースサビリティのために農業日誌をつけるだけだったり、集計機能がなかったり、メリットを感じませんでした。もっと便利にするには追加料金でコンサルタントを雇ってカスタマイズしなければならない、といった状況もありました。

また、記録したデータをCSV(エクセルファイル)で出せればよいというものでもありません。農業経営を成功させるためには、たくさんのファクターがあります。 「養液環境」「栽培知識」「害虫対策」「管理作業」「外注コントロール」「農薬知識」「BS/PL経営指標」「在庫管理」「データ採取、分析」「雇用管理」……これらを管理者1人で全部やろうとすると、高度なITリテラシーが必要です。常人並に『EXCEL』が使えるというレベルでは到底足りないでしょう。これは大半の農家には不可能なレベルです。そういった複雑な作業をできるだけ多くの人ができるようにするとなると『AGRIOS』のような仕組みが無くてはなりません。

千葉大学の篠原教授という施設園芸協会の会長がいらっしゃいますが、先生は常々「井出くん、日本の農業には管理者になるような人材が不足しているのだよ」とおっしゃっていました。それに対して『AGRIOS』がひとつのソリューションなると信じています。こういったプラットフォームがなければ、管理を使用にもデータが集まらない、記録できない、可視化できないという状況に陥ってしまいますからね。そういった状況から、昔は自分自信が「従業員にやりがいがある、安定した職場を提供する」という目標が達成できず苦しんでいました。でも、『AGRIOS』を作ったおかげで、そういった職場環境が提供できるようになりつつあると思っています。

—【楯】最後に、私たち『ザ・キーパーソン』恒例の質問です。社会やコミュニティにポジティブなインパクトを与える人になることを目指すへ方のアドバイスやコメントをいただけますか?

【井出】むずかしいなぁ(笑)。僕は道なき道を歩いてきましたが、あきめないことでここまでは来られました。「最後には成功がある」と信じて進んでほしいと思います。

—【楯】わかりました本日は貴重なお話しをしていただき、ありがとうございました。トマトとジュースも、本当に美味しかったです。

【井出】どういたしまして(笑)。こちらこそ、ありがとうございました。



AGRIOS



AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利
Company
会社情報
企業名 株式会社井出トマト農園
所在地 神奈川県藤沢市
URL http://shop.idetomato.com/