挫折を超えて『AGRIOS』で農業の生産性改革に挑む
井出寿利

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Profile
プロフィール
氏名 井出寿利
会社名 株式会社井出トマト農園
略歴 祖父の代から90年続く湘南のトマト農家に生まれ、日本大学で農学を学んだ後、父の農園で働く。自身が50人規模の農園経営をする中でデータ収集や生産性管理の難しさを痛感し、独自のハウス内作業のデータ収集のクラウドサービス『AGRIOS(アグリオーエス)』を開発。現在は、日本の農業の生産性を高めるべく、『AGRIOS』の普及を目指す。
Interviewer
Masahira Tate
Masahira Tate

90年続くトマト農家に生まれた井出寿利さん。若くして家業を継ぐも、働き手が定着しないなど、経営で多くの挫折を味わってきました。試行錯誤の末、農業にビジネスマインドを取り入れ、クラウドツール『AGRIOS(アグリオーエス)』を開発導入するなどの改革を進め、現在は働きがいがあって生産性の高い農業の実現という目標を達成しつつあります。農園経営の先に、アグリテック企業として「日本の農業の生産性向上」に貢献することを目指す井出さんにお話をうかがいました。

—【聞き手:楯雅平、以下:楯】今回は農業経営とトマトについて、そして井出さんご自身についていろいろと教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

【話し手:井出寿利(敬称略)、以下:井出】はい、よろしくお願いします。

ザ・トマト ファミリー

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】井出さんは農業一家のお生まれだそうですか、お父さんも農家だったのですか?

【井出】はい。父も、父方のおじいさんもトマト農家です。この井出トマト農園は、その父が婿で来た所ですね。3世代、ずっとトマトという家族です。トマトづくりを約90年間していますから、英語で言うと「Ide tomato since 1930」とかになるのかな? そんな感じでカッコよく書いてもいいのかもしれない(笑)。

—【楯】なるほど(笑)。それでは、まず学生時代から社会人時代まで、これまでの経歴を教えてください

【井出】私は日本大学の生物資源科学部で農学の勉強をしました。その後、実家の農園に就職して親父といっしょにトマトを育てていました。ですが、私も父も若くてこだわりが強かったこともあって、意見がぶつかりましてね……。半年くらいで僕が家を出ることになりました。そこから、溶接工をやったり、横浜の不動産会社に営業職として働いたりしていました。

その不動産会社では2年ほどお世話になりました。当時は15人ほど新入社員がいまして、私は毎月トップを争う営業成績でしたね。翌年からは役員会議にも参加させてもらえるようになり、役員3人に加え、先輩1名、僕の合計5人で行う、というくらい期待を持っていただけました。さすがに2年ではマネジメントまではいけませんでしたが、新規事業の種のまき方、そして事業を育てる過程を学ばせていただきました。当時はそのままその会社の役員になるのもいい道だと思っていたのですが、親父が農作業に疲労し弱ってきていたので、また、実家に戻り農業をすることに決めました。

収穫量をデータ化できていない農家も多い

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】そうして、いまの農園経営に至ったというわけですね。ところで、井出トマト農園さんのように水耕栽培でトマトをつくるという方法は珍しいのですか?

【井出】珍しいですね。たぶん、トマト農家の全体の2%程度ではないかと思います。ちなみに、トマトを植えているのは”ロックウール”と”ヤシ殻培地”というヤシの実の殻を砕いた培地でして、これを使うことで、養水分を土壌と切り離して管理できるという、大きなメリットがあるのです。他にも土質の差による誤差がなくなる、土壌病害を減らせる、といった利点もあります。他にも培地(栽培する土地)による誤差がなくなる、農薬が減らせる、といった利点もあります。

—【楯】他の農家さんでは、同じ面積でどれくらい生産できているのですか?

【井出】ハウスのレベルによりますが、グレードの低いハウスだと、1平米あたり8kg位だと思います。暖房機を入れて調整しながらやっているハウスで18kgくらいでしょうか。実は「1平米あたり何kg採れたか」というのをはっきりと把握していない農家も少なくありません。そもそもきっちりデータを集めて、集計する、というところが普通の農家にとっては大きなハードルなのです。

【井出】ところで、せっかくなので、うちのトマト・ジュースを飲んでみてください。

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】ありがとうございます。とても甘くておいしいですね。これまで飲んだことが無い味です。

【井出】そうでしょう(笑)。そもそもおいしくないと、毎日飲みたいとは思いませんからね。トマトジュースにはビタミンやミネラルが豊富に含まれているので、肝臓で行われる代謝を助ける働きがあります。甘くて美味しいけれど糖と香料だけ、という清涼飲料水とはまったく体への影響がちがいますよ。おいしく味わっていただけたら何よりですが、それだけでなく「何を食べるか」というところに気づくきっかけになれたら、作り手としてはなおうれしいですね。

生産性が低い日本の農家

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】トマトの研究のためにオランダへ行かれたことがあるそうですが?

【井出】はい。僕が初めてオランダへ行ったのは14歳の時だったと思います。親父に「いっしょにオランダの農業を見に行かないか?」といわれ、農業視察のツアーに参加しました。

その後も、2013年と2015年にオランダへ行っています。ご存知ないかもしれませんが、オランダは施設園芸の先進国なのです。施設園芸というのは、ハウスで生産性を高めて栽培する技術のことです。

そんな事もあり、最初に現地に行った時はとにかくハウスなどの施設へ目が向きました。日本の施設と比べると、なにもかもとても立派なのですよ。でもね、何度も行っているうちに見方が変わってきました。施設じゃなくて、人と人の考え方を学ばなければいけないのだ、とね。「こういう発想ができるオランダ人はどう言う思考回路なのだろう?」という視点で観察すると、実際に役立つ知見が得られるようになりました。

考え方の点で日本と違いを感じたのは、やはり競争を前提としていることですね。日本の農家のように、のんびりしている雰囲気というのはあまり無く、競い合って生産性を上げていく社会です。計画性もあり生産性も高い、強い農業の姿ですね。一方で、その競争から落ちこぼれてしまった人は救われない厳しい世界だな、とも感じました。

オランダと日本のとてつもない差

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

【井出】ちなみに、オランダにおける1平米あたりのトマト生産量はだいたい74kgです。日本の設備が整っていないハウスだと8kgですから、とてつもない差です。日本国内のトップですら1平米あたり50kgくらいですから、この差は大きい。オランダには気候のアドバンテージがありまして、夏場も暑すぎないという強みもあります。平均気温が17〜22度がトマトを育てるのに最適な気候なのですが、オランダはそこに当てはまります。一方で、日本だと夏の日中は35度、熱帯夜で25度、平均すると30度となり、最適値より10度も気温が高いシーズンあるのが不利な点です。とは言え、その点を差し引いても日本のトマト農家には改善できる点が多いとは思います。

さらに視野を広げると品種改良まで見ると、研究開発費という意味でも日本が出遅れているなという印象があります。オランダのライクズワーン(Rijk Zwaan)という会社は研究開発費に売上の30%を使っていると聞きますが、日本でそこまでやる会社は無いでしょう。こういった状況なので、差が広がる一方じゃないかと不安に思います。

—【楯】ほかにオランダと日本で違いを感じることはありますか?

【井出】トマトの生産面積は、オランダと日本でだいたい同じくらいです。でも、トマトをつくる会社の数は大きく違います。オランダが350社に対して、日本は2万件の農家、つまり個人事業主がいます。潰しあいが良いとは決していいませんが、競争がなさすぎるぬるま湯の中では生産性の向上は起きません。また、圧倒的な強みを持ったライバルが出現したら、あっという間に太刀打ちできなくなります。

ちなみに、オランダではさらに競争が続いていて、そのうち300社を切るのではないかという情報もあります。熾烈な競争を背景に合理化と効率化が進み、淘汰されなかった強い農園が生き残っているとうのがオランダの現状です。ですから、当たり前ですが強いですよ。ちなみに、オランダにおいては、トマト農園の経営者は医者や弁護士と同じステータスなのだそうで、そのあたりもずいぶん日本とちがうと思いました。

—【楯】ご自身の農園も、より大きな組織にする予定ですか?

【井出】僕は50人くらいがちょうど良いと思っています。神奈川でやるのであれば、ですけれどね。本当はもっと広大で平地があるような場所が良くて、トマト農園でしたら「東北に1つ、関東近県の山梨あたり1つ」という感じで、夏に暑すぎない場所に分散できると良いです。1つの品種をつくる大型設備を整えて、日本中の複数農園で育てている会社もありますからね。とは言っても、僕自身はまだ各地で農場をつくろう、という具体的な考えはありません。

一次産業の生産性を上げたい

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【聞き手:楯雅平、以下:楯】トマトという枠を超えて、農業全体で言うと、どのような課題を感じておられますか?

【話し手:井出寿利(敬称略)、以下:井出】経営管理能力の低さです。有効な経営指標を見いだせていない農家が多い。なので、投資もせず小さな事業でとどまってしまっている。あとは、それに附随して稼げないから後継者がいない、という問題もあります。これは農業だけでなく漁業も同じです。ノルウェーやニュージーランドは日本と比べると1人あたりの漁獲高が7~8倍ちがうそうです。ですから、向こうの国では若い人が漁業をやりたくて仕方がない。

日本と何がそんなにちがうのか、と言うととオランダのトマト農園と同じで効率化、合理化、淘汰というプロセスがあったかどうかなんですね。日本では、農業も漁業も競争を避けて、個人で細々経営する働き方を国が推奨してきたようなフシがあります。農政の話になりますが、みんな同じようなレベルの農業をやってね。というように大きなイノベーションを求められてこなかったのです。その中で、世界からの競争に置いて行かれている。世界には強い一次産業がある中で、日本が変化できない状況には危機感を覚えますね。

データ・ドリブンで農業経営に革命を

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】そういった問題意識から、伝統的な農業の枠にとどまらずアグリテック企業として『AGRIOS』というクラウドサービスを開発されたそうですが、そこに至るまでに何があったのかを詳しく教えてください。

【井出】『AGRIOS』は自分自身が必要に迫られてつくった、という背景があります。若い頃はトマトの栽培技術だけならしっかりと身につけていました。しかし、農場の規模が大きくなるとマーケティングや販売、人と組織の問題が出てきます。トマトが育てられるだけではダメで、経営者にならなければならなくなりました。マネジメントスキルが伴わないと、いくら農場を大きくしても経営者のキャパシティの上限で成長は止まります。さらに悪いことに、やりがいをもって働けているという人も減り、人間関係も悪化して、自分も従業員も不幸になってしまいました。

僕は2007年に父親から従業員数8人のトマト農園を引き継ぎました。それを50人にするのが目標でした。それで、従業員55人まで増やした結果、コミュニケーションが上手くいかず半分くらいの人たちが辞めることになってしまいました。その後も、50人まで増えては30人とか25人までに減ってしまう、という失敗を4回繰り返してしまいました。パートではなく、正社員ならいいのか? とかいろいろとやってみたのですが、すべてダメでした。

うまくいかなくなってくると「なんだか私ばかり大変な思いをしている」「作業を多くしても評価されるわけではないから、おしゃべりして気ままにやりたい」「時給で働いているから、経営のことなんて関係ないので話さないでほしい」など、従業員との関係がギクシャクしたことがたくさんありました。「お父さんの時とやり方がちがうのでイヤだ。やめたい」と言われたこともあります。

僕はトマトをたくさんつくりたい、おいしいと言ってもらいたい、そんな願いでやっていましたが、この時ばかりは挫折を覚えましたね。本気で「このまま続けるのは無理だ」と感じていました。そこで、データに基づいてみんながやるべきことを把握して、達成するべき目標に対してブレずに働ける仕組みをつくらなければダメだという思いに至りました。そうして作られたのがこの『AGRIOS』です。こうしたおかげで、悩みの種だった離職率がいまは半減しています。

AGRIOSで実現したいこと

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】『AGRIOS』の主な機能を教えてください。

【井出】いろいろありますが、まずひとつは個人の作業の見える化ですね。主要作業の生産性の分析、1平米あたりの収穫量の生産性分析です。だれもができる簡単な手順で数値を入力すると、個人やチームの生産性がわかるようになります。たとえば、いまうちの農園の中で1番収穫量の多い人は『AGRIOS』で成果を見える化する前は「がんばれない人」だったのです。こういう人が可視化されると、チームの成績がさがるので「みんなで協力して生産性をあげるよう」となって、結果的に問題児がナンバー1に変身するなんてことが起こるのです。見える化によって、やりがいが出ますし、生産性も確実に向上します。

あとは、前年実績を参考にして、月ごとにどれくらい労働時間があれば足りるか、売上げに対して人件費率は何割か?を計算できる機能などもありますね。1ヶ月に2,000時間必要だとしたら、社員で◯人、アルバイトで◯人というように人員計画を立てられます。『AGRIOS』に集約したデータを元に、何が効果的か可視化ができるようになるので、売上が1~2割増えて、人件費は逆に1~2割削減できます。それで「月額3980円〜」という値段なら安いね、となります(笑)。経営を大きくしたいときにも、データが役立ちますよね。こういった形で『AGRIOS』を使っていただく農家の成功を後押しをしたいと思っています。

—【楯】いま、この『AGRIOS』は井出さんのところだけで使われているのでしょうか?

【井出】うちの農園と、外部でも8社お使いいただいています。別途3社導入が決まっていますね(※2019年4月時点)。

—【楯】料金体系、支払いの方法などはどうなっていますか?

【井出】基本アカウントが3,980円(税抜)、スタッフアカウントが1つ増えるごとに+1,000円(税抜)です。支払い方法は口座引落しです。製造業の生産性管理システムと比較すると劇的な安さです。

農家による、農家のためのシステム

AGRIOS、井出トマト農園、井出寿利

—【楯】この先の展望はいかがでしょうか?

大きく言えば「日本の農業が『AGRIOS』で変わったね』といわれる便利なサービスに育てていきたいです。みんな東京でサラリーマンになってしまうのは、農業に他産業の企業のような高い収益性や仕組化の魅力づくりが足りないからです。『AGRIOS』を活かして、日本の農業者が企業的な数値感覚をもち、経営リスクを分析・管理して、成長させられることができるようになればうれしいです。高齢化少子化を補うために単純に外国人労働者を増やすというのは安易で、外国人実習生が日本に来なくなったら?とリスクに備えなくてはいけません。そのために、早いうちから日本人にも魅力があるチーム作りや、組織づくりをしておかなければいけません。そういう考え方の延長に生まれたのが『AGRIOS』です。

—【楯】『AGRIOS』が他の農業経営支援ソフトウェアとくらべて優れている点は何ですか?

【井出】農業生産者が作った、経営に役立つシステムだという点です。これまで農業日誌をつけるシステムを提供する会社はたくさんありました。それらがなぜ農業界にインパクトを与えず、ムーブメントを起こさなかったかというと、スーパーマーケットや食品会社側にとって便利なようにつくられたシステムだったからです。単にトレースサビリティのために農業日誌をつけるだけだったり、集計機能がなかったり、メリットを感じませんでした。もっと便利にするには追加料金でコンサルタントを雇ってカスタマイズしなければならない、といった状況もありました。

また、記録したデータをCSV(エクセルファイル)で出せればよいというものでもありません。農業経営を成功させるためには、たくさんのファクターがあります。 「養液環境」「栽培知識」「害虫対策」「管理作業」「外注コントロール」「農薬知識」「BS/PL経営指標」「在庫管理」「データ採取、分析」「雇用管理」……これらを管理者1人で全部やろうとすると、高度なITリテラシーが必要です。常人並に『EXCEL』が使えるというレベルでは到底足りないでしょう。これは大半の農家には不可能なレベルです。そういった複雑な作業をできるだけ多くの人ができるようにするとなると『AGRIOS』のような仕組みが無くてはなりません。

千葉大学の篠原教授という施設園芸協会の会長がいらっしゃいますが、先生は常々「井出くん、日本の農業には管理者になるような人材が不足しているのだよ」とおっしゃっていました。それに対して『AGRIOS』がひとつのソリューションなると信じています。こういったプラットフォームがなければ、管理を使用にもデータが集まらない、記録できない、可視化できないという状況に陥ってしまいますからね。そういった状況から、昔は自分自信が「従業員にやりがいがある、安定した職場を提供する」という目標が達成できず苦しんでいました。でも、『AGRIOS』を作ったおかげで、そういった職場環境が提供できるようになりつつあると思っています。

—【楯】最後に、私たち『ザ・キーパーソン』恒例の質問です。社会やコミュニティにポジティブなインパクトを与える人になることを目指すへ方のアドバイスやコメントをいただけますか?

【井出】むずかしいなぁ(笑)。僕は道なき道を歩いてきましたが、あきめないことでここまでは来られました。「最後には成功がある」と信じて進んでほしいと思います。

—【楯】わかりました本日は貴重なお話しをしていただき、ありがとうございました。トマトとジュースも、本当に美味しかったです。

【井出】どういたしまして(笑)。こちらこそ、ありがとうございました。



AGRIOS



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Company
会社情報
企業名 株式会社井出トマト農園
所在地 神奈川県藤沢市
URL http://shop.idetomato.com/