商社パーソンから一転、スタートアップ起業家として走り続ける久保田修司に聞いた「仕事との向き合い方」

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氏名 久保田修司
肩書 株式会社トラス 代表取締役
略歴 1981年生まれ。東京工業大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。大学院在学中にイラン·テヘラン大学に1年半留学。イランで途上国の開発等に興味を持ち、2008年丸紅株式会社入社。以来一貫して水ビジネス(上下水、海水淡水化)の事業投資に携わる。中国、ヨーロッパ、中東を担当。2014年12月株式会社トラス設立。

「ANDPAD」や「​​Photoruction」など、建設・建築業界のDXを推進するサービスが少しずつ増えてきている。これまで手仕事だった作業をデジタル化するなど、建設現場の効率化を目指すものが多い中で、株式会社トラスが開発・提供している「truss[トラス]」は「建材」に特化しているのが特徴だ。

建物はさまざまなパーツ・材料で構成されており、床材や壁紙、外壁、屋根などは全て「建材」にあてはまる。建物を設計する際には、メーカーが定期的に発行している紙のカタログから建材を一つひとつ選ぶ必要があり、想像以上に骨が折れる作業なのだとか。

そこで、設計士や工事担当者の負担を軽減するべく誕生したのが「truss」である。メーカーを横断して建材を比較できる上に、手入力によるミスも減るため、業務を大幅に効率化することに成功。現在までに、累計6,000以上ものアカウントが発行されている。

今回は、株式会社トラスの代表・久保田氏を招き、起業するに至った経緯や仕事に対する思いについてお伺いした。



“自分の人生”をかけられる仕事との出会い

—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】まずは自己紹介をお願いします。

—【話し手:久保田氏、以下:久保田】株式会社トラスの代表取締役をしている久保田と申します。トラスは「質の高い建物が建てられ、世代を超えて資産として蓄積される社会を創る。」をミッションに、メーカーを横断して建材を比較できる建築業界関係者向けのクラウドサービス「truss」を開発しています。

—【松嶋】建材に関するサービスを開発しようと思ったきっかけは何だったのでしょう。

—【久保田】大学と大学院で建築について学んでいて、ある程度は業界の知識がありました。そういった前提がありつつ、サービスを開発するきっかけとなったのは、ヨーロッパの街並みの美しさに感動した体験です。

起業する前は、総合商社でイギリスやチリ、中国など水道事業が民営化されている国の会社を買収して水道事業を行う仕事をしていました。

私はヨーロッパの担当で、一時は現地に滞在しながら仕事をしていました。初めてヨーロッパに足を踏み入れた際、どこを切り取っても、どこに行っても変わらず美しい街並みに感動しましたね。「なぜこれほどキレイな街並みなのだろう?」と不思議に思い、よく観察してみると、多くの建物で同じ建材が使われていることに気づきました。細かい部分のデザインは異なるものの、建材が揃っているため街全体に統一感が出ていて、それが美しさの理由に繋がっているのだとわかったのです。

しばらくして帰国した際、日本の街並みを観察してみると、建物のデザインも全く異なりますし、建材もそれぞれ違うことに気づきました。その時に「誰がどのようにして建材を選んでいるのだろう?」といった疑問が浮かんできました。

真相を確かめるべく、大学の同級生だった設計士の事務所を訪ねることにしました。すると、そこにあったのは、大量に置かれた紙のカタログでした。あまりの量に初めは驚きましたね。建材の選び方について質問してみたところ「過去の事例をもとに、ある程度自分でピックアップした中から建材を使っている」との回答があり、属人的な選び方をしているのだとわかりました。

書籍の電子化が進んでおり、デジタルカタログも珍しくなくなっている現代において、建材情報もシステムで管理した方がいいのではないかと思い、起業を決意したのです。

—【松嶋】総合商社の会社員という安定した立場から離れて起業するとなると、とても勇気がいる決断だと思います。不安などはなかったですか?

—【久保田】特にはなかったですね。というのも、総合商社で働いていた時に中国の会社を買収し、その会社が上場までいくプロセスを体験させていただいたことがあるんですよ。創業者である会長や社長と一緒に仕事をさせていただく機会があり、0から会社をつくっていくイメージを持てていたため、起業の流れは把握していました。

また、商社は2~3年単位で仕事の担当が変わるため、いろんな国や地域に行くことができるんですよね。それぞれの場所で、何十年とかけて世代を超えて生み出されてきた建物をみた時、建築の素晴らしさを改めて感じました。私も後世に繋げられるような仕事に、自分の人生をかけたいと思ったのです。

建物の美しさに魅了され、留学で街づくりの楽しさを知る

—【松嶋】大学と大学院で建築を学んでいたということは、昔から建物に興味があったのでしょうか。

—【久保田】そうですね。私は愛知県春日井市の出身で、実家の近くの犬山市には野外博物館「博物館明治村(以下:明治村)」があります。そこには明治時代の建物が移築されていて、明治建築が保存展示されているんですよ。

明治時代の建築といえば、日本の伝統的な木造建築に欧米の技術や材料が取り入れられたもので、独自の美しさが魅力です。明治村にある建物の中で私が一番好きなのは、旧帝国ホテルの中央玄関。近代建築における三代巨匠の一人であるフランク・ロイド・ライト氏が設計したもので、言葉では形容し難いほどの美しさです。幼い頃にそういった建物をみて、建築に興味を持つようになりました。

—【松嶋】トラスのミッションには、街づくりをしていくというメッセージも含まれているように思います。街づくりに興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。

—【久保田】大学院時代の経験がきっかけですね。大学院生の時に建築の歴史を研究する中で、世界の街や都市はどのようにして成り立っているのかを比較検証するプロジェクトがあり、私はイランに留学しました。

そこでわかったのは、当時は現地で採れる材料だけで建物をつくっていたのだということ。現代では国境を超えて建材を自由に運ぶことができますが、昔は用意できる材料で建築するしかなかったんですよね。よく考えてみると当たり前のことなのですが、国ごとに大きな違いがあるのがとても面白くって。

—【松嶋】先ほどお話に出たヨーロッパはレンガが多く使われているイメージですが、日本では木造建築が主流ですよね。

—【久保田】はい。気候や災害などの影響もあり、さまざまな理由があって現在の街がある。街づくりには歴史的な背景も含まれていますし、国ごとに建物の特徴は異なります。街づくりと建物には、深い繋がりがあるんですよ。

—【松嶋】そういった興味を持たれていたからこそ、ヨーロッパの街並みに目を向ける姿勢があったのですね。

—【久保田】そうですね。例えば、日本の街づくりでいうと、最も印象的なものは京都の景観条例でしょうか。京都は建物の高さやデザインについて厳格なルールがあり、現在でも美しい景観が保たれていますね。ただ、建材については統一されていない。建材の統一といった観点で街づくりに切り込んでいくのは、面白い試みだと思うんですよね。

trussで建物の評価をアップデートし、建築業界に革命を起こす

—【松嶋】改めて「truss」について詳細を教えていただけますか。

—【久保田】一言で表すと「建材を選べるSaaSプロダクト」です。

建物をつくる際には、さまざまな建材を選択する必要があります。床や壁、天井など、建物を構成する上では、多くの建材が使われている。また、それぞれに素材やデザイン、機能も豊富にあり、建材というジャンルには膨大な商品が存在しているのです。

その上で、設計者や工事担当者がどのようにして建材を選んでいるのかというと、メーカーが発行している紙のカタログを見て決めていると。

—【松嶋】全ての製品を紙のカタログから選ぶとなると、非常に時間がかかってしまいますよね。

—【久保田】おっしゃる通りです。「ベテランであればカタログを見ずとも建材を把握しているのでは」という意見もあるかもしれませんが、膨大な製品群がある上に新商品も続々と登場しているため、全てを把握できている設計者はこの世にいないのではないでしょうか。

また、建物の要素や規模、求められてる条件によって法律の条件は異なります。デザインに合わせて必要な建材も変わってきますし、建物ごとに必要な建材だけをピックアップしてくれるものがあればいいなと思い開発したのが「truss」の前身となるサービスです。具体的には法律の条件やデザイン、性能、値段など、条件を絞って建材を検索できるものですね。

「truss」はそういった検索機能に、工事担当者などを含めて共有して使う材料を管理する機能を追加したSaaSプロダクトです。現在は大手の設計事務所やゼネコンに導入いただいています。

—【松嶋】設計士や工事担当者の生産性を向上するサービスなのですね。

—【久保田】現時点ではそうですね。長期的には、建物の価値を再構築し、建築業界全体の底上げをしたいと考えています。

というのも、個人的に不動産投資を行っている中で「建物の評価が明確ではない」と感じることが多いんですよ。不動産は建物と土地の価値が合わさったものなんですよね。そう考えると、設計士や工事担当者が頑張ってつくったものにも関わらず、建物の価値が低すぎる。彼らの頑張りが、価値として正しく評価されていないように感じるのです。

なぜ正当に評価されていないのだろうと考えると、一つの建物に対してどういった建材が使われているのかというデータが、ほとんど保存されていないことも原因の一つなのではないかと。建物のクオリティを評価する際には、建材に関するデータも参考にするような仕組みがあった方がいいのではないかと考えています。

—【松嶋】建物が長く使えるかどうかについては、建材によって変わってきますよね。しかし、現時点では建材の質については建物の評価に含まれていない。

—【久保田】おっしゃる通りです。加えて、建物をつくる側は安く仕上げたいし、購入者側も安く買いたいという思いがあります。そうなると、安くて耐久性もない建物がどんどん出来上がってしまう。環境のことを考慮しても、いいことではありませんよね。

—【松嶋】ヨーロッパは年数が経過するほど建物の価値が上がっていきますが、日本では新築の方が評価されるというのも原因のように感じます。

—【久保田】日本は木造建築が主流の時代が長く、火事や地震などで多くの建物が壊れてきました。耐久性の高い建物ができるようになったのは、実は昭和に入ってからのことなんです。また、建材の性能は年々精度が上がっていますが、建物の評価軸はあまりアップデートされていないのです。

評価軸を変えるためにはデータが必要だと考えていて、そのために「truss」を開発しました。

—【松嶋】品質の高い建物を増やすとともに建築に関わる人たちの生産性を向上し、それに関するデータをエビデンスとして残すということですね。

—【久保田】はい。私たちが掲げているミッションを達成するためには、多くの建築関係者に協力していただく必要があります。ただ「記録しましょう」というだけでは、きっと誰もツールを使用してくれないでしょう。そのため、現在は設計士や工事担当者の業務を効率化することに注力しているといった流れですね。

お金=幸せではない。建築業界で働く人を支えるためにトラスがある

—【松嶋】コーポレートサイトに「トラスはプロジェクト型の会社である。missionを達成するために存続している。存続だけが目的ではない。」と書かれているのが印象的です。こちらについてもお話をお聞かせいただけますか。

—【久保田】会社とは、創業者が何らかの課題を解決したいと思ったからできたものだと思っています。ただ、人数が増えたり年数が長くなればなるほど、会社のビジョンやミッションは浸透しづらいものなのではないでしょうか。私個人の考えとしては、社員が会社の存在意義を理解できないようになってしまったのなら、解散した方がいいのではないかと思うのです。

トラスが掲げているミッションは、3~5年で成し遂げるられるような話ではありません。もし会社としての存在意義を理解できる社員がいなくなってしまった時には、解散したいと思っています。逆説的に言うと、私が代表の座を降りる日がきたとしても、ミッションが達成していない限りは、会社として存在し続けてほしい。「質の高い建物が建てられ、世代を超えて資産として蓄積される社会を創る。」が現実のものになった暁には、会社を解散した方がいいと考えています。

—【松嶋】お金を稼ぐために仕事をするのではなく、達成するべき目標に向かって、会社自体が社会の一員として何かの役割を果たす状態を続けていきたいと。

—【久保田】はい。そもそも、何のために働いているのかわからない状態では、やりがいを感じられないでしょう。

高給になればやりがいを感じられるのかというと、決してそうではない。年収800万~1,000万円ほどで、幸福度は頭打ちになるとも言われていますよね。人によって考え方は異なりますし、環境にも左右されると思いますが、ある程度の給料が確保できるのであれば、社会に貢献できる仕事をしている方が幸せを感じられるのではないでしょうか。

—【松嶋】お話をお伺いしていると、久保田さんは「働く人を幸せにしたい」という気持ちが強いのだなと感じました。

—【久保田】そうですね。そもそも建築学科で学んでいる時から、働き方に関する違和感がありました。というのも、大学では建築業界は24時間働くことを前提とした教育がされていたんですよ。社会生活を送る上で欠かせない仕事ではあるのですが、人手が足りないからといって、自分の身を削ってまで仕事をすることを業界が黙認しているのはおかしい。

建築業界は力仕事で体力的にハードな面があるだけでなく、危険も伴います。週6日勤務は珍しくありませんし、待遇面で適正に評価されているとは言えません。また、2024年には労働時間の上限制限が適用されます。現在、家づくりにかかる時間は短くて8ヶ月程度、長くて1年以上かかると言われていますが、工事担当者の労働時間が少なくなるのであれば、工事時間はもっと長くなるでしょうし、建築費用も上がっていくのではないでしょうか。

これは避けられないことだと思いますし、ピンチをチャンスと捉えることもできる。建築業界をサスティナブルにする機会にも繋がりますし、私たちはそのサポートをしていきたいと考えています。

ビジネスパーソンとして生き抜くコツは、自分と社会に誠実に生きること

—【松嶋】会社としての今後のビジョンをお聞かせいただけますか。

—【久保田】最終的には日本の建物の80%の情報を管理できるようなプロダクトに成長させたいと思っています。

建築に使われるお金のなかで、本質的じゃない部分は削減していきたい。テクノロジーを活用して削減できるであろう非効率を改善したいですね。

—【松嶋】これまでにお話いただいたもの以外でいうと、どのような非効率があるのでしょう。

—【久保田】今後プロダクトの機能として取り入れたいなと思っているものでいうと、建材の流通にまつわる部分です。発注や発送に関する作業も手作業で行われているため、電子処理できる部分はテクノロジーを活用し、生産性向上につなげていきたいですね。

—【松嶋】プロダクトを成長させるにあたって、会社を大きくしたいといった思いもあるのでしょうか。

—【久保田】ビジョンを達成するために必要な規模にしたいとは考えています。各部署が数十人ぐらいで、全社としては150 人ぐらいに抑えたいなと。組織を拡大するとなっても、私自身が全員の顔を把握できる規模に留めたいですね。それでも人手が足りないとなった場合には、アウトソーシングするべきだと考えています。

—【松嶋】人数を増やすとしても、会社の存在意義を社員全員に共有できるレベルに抑えるということですね。

—【久保田】はい。自分のやっている業務が、どのような形でユーザーの価値に繋がっているのか、全員が実感できる環境を保ちたい。仕事へのやりがいを感じられる会社にしたいと思っています。

—【松嶋】建築業界だけでなく、自社の社員も大切にされているからこそ、出てくる言葉だと思います。最後に読者のビジネスパーソンへ向けて、メッセージをいただけますか。

—【久保田】私は子どもの頃から自分にあまり自信がありませんでした。とにかく自信を持ちたい一心で、勉強や仕事についても頑張ってきた。起業をしたからといって、別に私自身がすごい人間だということではありません。

組織の一員として働くのも素晴らしいことですし、現在はフリーランスとして個人の力で仕事を獲得する人も増えていますよね。その中で「自分の仕事に納得できていない」という人もいるかもしれません。しかし、給料が発生しているということは、その仕事には価値があるということです。

仕事にはさまざまなものがあり、自ら生み出すものもあれば、誰かのサポートをするものや専門スキルを活かして業務を請け負うものもあります。金額の差はあるとしても、価値があるものにしかお金は発生しません。自分になぜお金が支払われているのか、その理由を考えた時に、初めて仕事のやりがいを感じられるのかもしれませんね。

それでも納得できないのであれば、仕事を変えるのも一つの手段です。世の中には面白い仕事や素晴らしい会社がたくさん存在しています。今は会社や業界に関するデータベースが広く公開されるようになっていて「入らないと実態がわからない」といったことが少なくなってきました。実際に経験してみて初めてわかることが多いのも事実とはいえ、挑戦しやすい環境は整っていると思います。

仕事をする上で大切なのは、自分の中の正義を貫くこと。自分自身と社会に対して、誠実に生きるということが、ビジネスパーソンに求められているスキルなのではないでしょうか。

Company
企業 株式会社トラス
URL https://truss.co.jp/



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