不確実な時代を勝ち抜く「フリーフロー」思考とは?元ゴールドマン・サックス田中渓が語る、天才を模倣し自己を拡張する仕事術
Interviewee
投資会社不動産投資責任者、元ゴールドマン・サックス
田中渓
Tanaka Kei
1982年横浜出身。上智大学理工学部物理学科卒業。学科首席として同大学院に進学。外資系の世界を目指し急遽渡米。ビジネスセミナー「CVS Leadership Institute」に参加し個人優勝、チーム優勝を果たす。
大学院中退後53回の面接を経て、ゴールドマン・サックス証券株式会社に2007年に新卒入社。投資部門であらゆる投資を行い、500件以上の案件に携わり、60件以上の案件を実行。投資規模は投資金額ベースで約4000億円、企業価値・資産価値ベースで1.2兆円を超える。同社でマネージング・ディレクターに就任、投資部門の日本共同統括を務め、2024年に同社を退社。在籍17年間で20カ国以上、社内外300人を超える「億円」資産家、「兆円」資産家、産油国の王族など超富豪などと協業・交流をする中で、富裕層の哲学や思考、習慣などに触れ、その生態系を学ぶ。
現在は、数千億を運用するより少数精鋭の投資会社にて不動産投資責任者を務める。私生活では365日朝3時45分に起床する生活を6年以上続け、毎日25kmランニング、60kmの自転車、7000mのスイムのいずれかをこなし、強靱な肉体と精神力、一生の財産にもなる「習慣化」の力を手に入れる。ナミブ砂漠250kmマラソンでチーム戦世界一になる。トレイルランニングレースの世界選手権UTMB完走、アイアンマンレースと呼ばれるトライアスロンにおいても世界大会にノミネート。
2024年11月自身の著書「億までの人 億からの人」を徳間書店より出版。現在はラジオパーソナリティとしても活躍中。
朝3時45分起床、2時間以上の運動、「脳のオートパイロット化」――。
徹底した朝のルーティンとAIによる超効率化で自己を律しながら、一方で「座右の銘がないことが座右の銘」と語るフリーフローの哲学を掲げる田中渓氏。
自らを「凡人」と称しつつ、世界最高峰の金融機関・ゴールドマン・サックスで17年勤め、退職後はメディア露出や投資活動を通じて新たなキャリアパスを切り拓いています。
本稿では、中学受験の失敗という原点から、天才を模倣する生存戦略、AIを「現代の武器」として使いこなす独自の活用術、そして目標を決めない“フリーフロー”な生き方まで、その思考の全貌に迫ります。
「脳のオートパイロット化」ルーティンと効率化が生む“余白”
ー【聞き手:岡崎美玖、以下:岡崎】田中さんといえば「毎日朝3時45分に起床して2時間以上の運動をこなす」というルーティンワークが今や代名詞の一つでもあると思います。
朝早起きするだけでも大変なのに、それに加えて25kmランニング、60kmの自転車、7000mのスイムのいずれかをこなすというのは一般的なビジネスパーソンにとっては非常にハードルが高いと感じる人も少なくないと思うのですが、どのようにして習慣化していったのでしょうか…?
ー【話し手:田中渓、以下:田中】多くの方が私のルーティンを聞くと「尋常ではない」「体力お化けだ」といった反応をされますが、以前は夜中の3時まで働く夜型人間でした。
ある時自己啓発本を片っ端から読み漁ったのですが、著者が経営者、スポーツ選手、文化人の誰であっても書かれている内容が全て同じであることに気づいたのです。それは「朝早起きであること」「今すぐやること」「時間を棚卸しすること」「緊急性は低いが重要度の高いことに注力すること」でした。
さらに自己啓発本は簡単な言葉で書かれているので、読むだけで満足してやったような気になってしまい、多くの人は読んでも実践せずにまた次の自己啓発本を手に取ることを繰り返してしまうことに気づき、その共通項を信じて一度徹底的に実践してみることにしました。
習慣化において最も重要なのは「最初から負荷を上げない」ことです。私自身も、決して最初からこの量をこなしていたわけではなく、運動は1km、15分からスタートしました。挫折しないためには、定着するまでの2,3か月間は「こんなものなら続けられる」と思える低いハードルから始めるべきです。
ー【岡崎】まずは無理のない範囲で始めることが、継続の鍵と…!それでも毎朝2時間以上の運動をこなすというのは、相当な意志の力が必要だと感じます。
ー【田中】いえ、私にとって現在の運動量は「どれだけ美味しいものを食べても、その影響をなかったことにできる」ちょうど良い距離感だったのです(笑)。食は私にとって大きな喜びの一つで、このルーティンがあるからこそ罪悪感なく食事を楽しむことができます。これ以上運動量を増やすと疲労感を強く感じたり身体を壊してしまう可能性もあるなと、試行錯誤の末に現在の運動量にたどり着きました。
運動のメリットは多岐にわたります。まず、身体的な面では血液循環が促進されて脳が活性化します。精神的な面では、運動中は基本的にポジティブな思考が促されてこれが日中の生産性向上に繋がります。
本来、だらだらと2時間かかっていた作業が運動中に思考が整理されることで30分で終わる、といったことも珍しくありません。結果として、運動の時間を含めても全体の生産性は向上していると感じています。
運動によって心地良い疲労感が得られるので、夜は自然と上質な睡眠が取れます。仕事の疲れで「ソファで倒れ込むように寝てしまう」のではなく、シャキッとベッドに入り快眠できるのです。翌朝も気持ちの良い目覚めが待っていて、また生産性の高い一日をスタートできているなと感じています。
AIとの共存 – 自己拡張を追求する「現代の武器」
ー【岡崎】田中さんはこの朝のルーティンワークでも常にAIを動かしながら運動されているとお伺いしました。具体的なAI活用術について、ぜひ詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
ー【田中】投資業においては、AIが、ディープリサーチから仮説構築、意思決定支援、そして資料作成の自動化に至るまで、多岐にわたるプロセスを効率化してくれています。かつて3週間を要した複雑なリサーチと資料作成が、AIと組み合わせることで1時間程度で完了するようになりました。
また、私は文字入力よりも口頭で指示を出すことが多いのですが、音声入力サービスとAIを組み合わせることでこの効率が飛躍的に向上しますね。例えば、A4用紙5枚分のアイデアを口頭で2分程度で話し、AIが瞬時に文字起こしして整理してくれるので、思考を中断することなくアイデアを形にするまでの時間を大幅に短縮できています。
特に投資の意思決定プロセスにおいては、アイデア説明の「型」が事前に決まっています。私はこの型をAIに学習させ、ディープリサーチで得られた情報や自身の仮説をインプットするだけで、適切なアウトプットを生成させています。これにより、これまで何週間も要した資料作成が一瞬でできるようになり、より本質的な思考や意思決定に集中できるようになりました。
ー【岡崎】AIとの対話術も非常に重要になってくるかと思います。現在のAIの精度向上とプロンプトの質の部分では、田中さんはどのように考えていらっしゃいますか?
ー【田中】初期のAIにはハルシネーションの問題があり、ファクトチェックが不可欠でしたが、その精度は飛躍的に向上しています。AIとの対話においては、人間相手と同じように「プロンプトの質」が極めて重要だと思っています。曖昧な指示ではなく中学生や高校生に教えるように、具体的かつ明確な指示を出すことで、期待以上の高精度なアウトプットを引き出すことができます。これは人間相手でも同じことだと思います。
また、私には様々な分野におけるロールモデルがいますが、彼らの考え方や表現スタイルをAIに学習させています。これによって自分一人の思考では到達できない多様な視点からのアウトプットを得ることが可能になるので、AIをあたかもロールモデルが憑依したかのように活用することで、自己の思考を拡張してより多角的な分析や意思決定ができるようになるのです。
ー【岡崎】AIとの共存を通じて「自分のスキルアップ」を実感するというプロセスは、非常に興味深いです。
ー【田中】AIが高度化する中で、AIには代替できない「人間らしさ」の重要性が増しています。AIはあくまでツールであり、それをいかに使いこなし、人間の能力を拡張するかが問われる時代です。AIとの共進化を通じて、私たち人間は、より本質的な価値を追求し、自らの可能性を最大限に引き出すことができると考えています。
「仕組み化」は人間らしく豊かな時間を過ごすための“手段”
ー【岡崎】時間の創出と効率化という点で、ゴールドマン・サックス時代に意識的に行っていたことはありますか?
ー【田中】ゴールドマン・サックスでは、入社当初から例えば「この200枚の資料作成は本当に必要なのか?」という問いを持ち、無駄を徹底的に削減してきました。
2か月の期間を与えられたプロジェクトも、1日でやれと言われれば1日で完遂できるよう工夫していました。これは「パーキンソンの法則」を逆手に取ったもので、資料作成だけでなく不要なコミュニケーションや承認プロセスも見直し、業務の質を維持しつつ効率化を追求しました。
ー【岡崎】与えられた時間やリソースを最大限に活用するのではなく、敢えて制約を設けることで効率を高めるという非常に実践的なアプローチですね。田中さんにとっての「仕組み化」の真意は何でしょうか?
ー【田中】「仕組み化」は決して機械的な作業ではなく、むしろ「人間らしく豊かな時間を過ごすため」の手段だと思っています。
多くの人は、惰性で機械的な作業をこなし、結果として疲労困憊して本当にやりたいことや重要な意思決定に脳のリソースを割けなくなってしまいます。私は、ルーティン化できる部分は徹底的に仕組み化し、脳の「意思の力」を温存することで、重要な意思決定や新たなインプットに最大限に振り向けられるようにしています。
仕組み化によって生まれた「余白」は、人生の質を高めるための貴重な時間です。この余白があるからこそ、新しい知識を貪欲に吸収し、多様な人々と深く交流し、予測不能な変化を楽しむことができるのです。機械的に作業する時間と、人間らしく豊かな時間を過ごす時間を明確に切り分けることで、充実した日々を送れるようになりました。
KEYPERSONの素顔に迫る20問
ビジネスの哲学からプライベートな素顔まで。田中渓氏の思考の源泉を紐解く20の質問をぶつけました。
Q1.出身地は?
神奈川県横浜市です。
Q2.趣味は?
音楽鑑賞と食を深く追求することが趣味です。学生時代は吹奏楽でクラシックやジャズに触れ、大学からはアナログレコードのDJとしてブラックミュージック全般に夢中になっていました。
Q3.特技は?
「誰も置き去りにしない話し方」でしょうか。複雑な事柄でも、相手に寄り添い分かりやすく伝えることを意識しています。これは、ラジオパーソナリティとしての活動でも大切にしています。
Q4.カラオケの十八番は?
カラオケに行く機会は減りましたが、福山雅治さんの曲を歌うことが多いです。自身の声のトーンと、思春期に流行した曲がちょうどぴったりで(笑)。
Q5.よく見るYouTubeは?
特定のチャンネルではないのですが「すごい人」「超人技」と検索してよく見ます。また、音楽ライブ映像やPIVOT、NewsPicksのような経済番組も欠かさず見ています。
Q6.座右の銘は?
「座右の銘がないことが座右の銘」です。「フリーフロー(Free Flow)」という言葉を大切にしており、流れに身を任せる生き方を大切にしています。
私の名前「渓」にも水の流れという意味が込められて、お酒が飲み放題という意味も込められています(笑)。
Q7.幸せを感じる瞬間は?
山頂に到達した瞬間よりも、遠くに見える頂上を目指して努力している最中です。 また、予期せぬ出会いや、純粋に美味しいものを食べる時も幸せですね。
Q8.今の仕事以外を選ぶとしたら?
もし無限の能力があるならば、音楽家として活動したいです。AIで音楽を生成できる時代だからこそ、「人が人を感動させる瞬間」に価値があると思っています。
Q9.好きな漫画は?
ドラゴンボールやスラムダンクなど、少年ジャンプ全盛期の作品群です。特にキングダムやワンピースからは、組織を束ねるリーダーシップについて深く学びました。
Q10.好きなミュージシャンは?
圧倒的にマイケル・ジャクソンさんです。単なるアーティストに留まらず、一つの文化そのものを創造した「キング・オブ・ポップ」だと思っています。
Q11.今一番会いたい人は?
故人ではマイケル・ジャクソンさんです。ライブを生涯に一度は生で体験したかったです。現存する方では、日本のR&Bを根付かせた宇多田ヒカルさんに会って、その音楽観を深く伺ってみたいです。
Q12.どんな人と一緒に仕事をしたいですか?
私は「六角形型」の人間なので、特定の分野に突出した「超人」たちと仕事がしたいです。一流の才能を持つ人々に囲まれ、その能力を最大限に引き出すファシリテーションをしたいですね。
Q13.社会人になって一番心に残っている言葉は?
「期待値コントロール」という言葉です。金融の世界で学び、人生を生きやすくする術として大切にしています。自分にも相手にも期待値を上げすぎないことが重要です。
Q14.休日の過ごし方は?
朝のルーティンは変わりませんが、日中は仕事に縛られずひたすらインプットしています。昼からお酒を飲みながら読書をしたり、色んな人のnoteを見たりしていますね。
Q15.日本以外で好きな国は?
フランス、アメリカ西海岸(特にロサンゼルス)、そして最近はオーストラリアにも魅力を感じています。
フランス料理が好きすぎて、一人でフランス料理を食べるためだけに渡仏したこともあります(笑)。ロサンゼルスの自由なカルチャーにも強く惹かれますね。
Q16.仕事の中で一番燃える瞬間は?
専門が投資業なので、未来予想図の仮説が的中した瞬間です。物理学の研究者だった経験から、仮説が実証されることに喜びを感じます。
Q17.息抜き方法は?
「一食入魂」と称する夕食を食べることです。朝食は摂らず、昼食は粗食にし、夜は好きなものを好きなだけ食べてお酒を飲むことに全力を注いでいます。
Q18.好きなサービスやアプリは?
AIツール(ChatGPT, Claude, Perplexity)は不可欠な存在です。また、音声入力サービス(Claude, Notta)や、多様なインプットを得るためのnoteも活用しています。
Q19. 学んでみたいことは?
特定の分野に限定せず、全方位的に学んでいます。特に、自身の専門分野から遠い未知の領域をインプットすることを意識しています。
最近だとAI、宇宙、ロボティクス、メタバースといった「人間拡張の領域」に強い関心があります。
Q20.読者に期待する反応は?
今はとても自身のSNSの発信に力をいれており、特にXでは毎日必ずポストしながらそこそこお役立ちなことを発信しているので、ぜひ見ていただきフォローもしていただけると嬉しいです。
またエンジェル投資家ではありますが、エンジェル投資からVC規模の金額まで行っているので、ぜひ支援してほしいという企業様や起業家の方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡いただけると嬉しいです。
マイルドヤンキーの過去…失敗を糧に「天才」を模倣する
ー【岡崎】田中さんはご自身を「凡人」と称されますが、その背景には中学受験の失敗という原体験があるとお伺いしました。中学受験の失敗が、田中さんの人生にどのような影響を与えたのでしょうか?
ー【田中】小学生の頃はドッジボールが強くて足も速くて、自己肯定感に満ち溢れていた少年だったのですが、中学受験で失敗して滑り止めの男子校に進学したことで、一度自己肯定感を大きく失いました。このどん底を経験したからこそ「これ以上悪くなることはない」と、どんな困難にも動じない精神が出来上がったと思います。
振り返ると結構チャラチャラしていて”マイルドヤンキー”でした。家にも帰らず野遊びしたり、新宿と池袋や渋谷に遊びに行ってはナンパして…という学生時代を過ごしていました(笑)。
ー【岡崎】今の田中さんからは全く想像がつかないです…!!
ー【田中】当時は単に凄く遊びたかったんですよ(笑)。 とはいえ、学費を出してくれていた両親に文句を言われないためだけに内申点は確保していたので、指定校推薦で上智大学に入学したのですが、受験組との差に焦りを感じて猛勉強しました。4年間で取得できる単位は全て取り、人生で最も勉強した4年間でしたね。
ただ大学で勉強する中で「因果関係とステップ」を理解することの重要性に気づきました。物事のメカニズムを論理的に分解して一つずつステップを踏んで理解すれば、どんなに複雑なことも凡人である自分にも習得できると確信したのです。
天才と呼ばれる人々は、思考が飛躍しすぎて、凡人には理解できない説明をすることが少なくありません。しかし、私は中学受験の失敗から、物事を一つずつ順序立てて理解することの重要性を痛感しました。この経験があるからこそ「何が分からないのか」を的確に把握し、複雑な事柄でも誰も置き去りにしない分かりやすい言葉で伝えられるのだと思っています。
ー【岡崎】「凡人」だからこそ、凡人の視点に立てるということですね…!ゴールドマン・サックスに入社されてからは、天才揃いの環境下だったかと思いますがどのように戦ってこられたのでしょうか?
ー【田中】まさに仰るとおり、大学で首席をとり調子に乗るわけですが、入社後は最底辺からのスタートで…それはもう落ち込みました(笑)
東大はもちろんハーバードやコロンビア、スタンフォードといったトップ大学出身者が周りにいる中ではっきりと「お前のような学歴がない奴ら」と罵倒されることもありました。そのような環境で私がまず心がけたのは、基礎的なことではありますが「嫌な奴にならない」ことでした。
天才は時に傲慢でも許されると思うのですが、凡人である私は誰からも信頼される「いい奴」であることに徹して周囲の機嫌を損ねないよう努めました。そして、周囲の活躍している人たちの交渉術やコミュニケーションスキルを徹底的に観察し、自分の中に落とし込んでいきました。
例えば、交渉の場面で、ある人は最初に強く叩き、その後で飴と鞭を使い分け、またある人は結論を最後に持ってくることで相手を納得させる…そういった様々なスタイルを見て学び、細かく分析して、コピーしたあとに自分なりにチューニングしていきました。そのあとは、目の前の人に対してどの要素を出すかを繰り返し練習していく、という形です。
ー【岡崎】他者の強みを吸収し、自分流にカスタマイズしていくと。そのスキルを積み重ねていき、結果的に昇進につながっていったのでしょうか。
ー【田中】格好つけているわけではないのですが、実は元々2年ほど勤めて辞めようと思っていたので、昇進や出世に強い興味はありませんでした。
ですが「一度会社に雇われた以上は、その会社のために最高のパフォーマンスを出す」というのがプロフェッショナルとしての責務だと考えています。サラリーマンである限りは会社との雇用契約を結んでいる以上、どんな困難な状況であっても自分の役割を全うすべきだと思っているので、一番を目指して日々取り組んでいました。
フリーフローのその先へ。「目標を決めない」ことの強さ
ー【岡崎】結果的にゴールドマン・サックスでは17年間勤められた田中さんですが、独立のタイミングについて、どのような心境の変化があったのでしょうか?
ー【田中】ゴールドマン・サックスでの17年間は、刺激的であると同時に、ある種の「予定調和」を感じるようになりました。投資業は常に新しいことの連続ですが、それでも経験を重ねるうちに「こうなるだろう」というシナリオが見えてきてしまい、このルーティン化への違和感が募ったのが一つの要因です。
もう一つの要因としては、ちょうど私が辞める頃、日本経済は株価も不動産も好調で、海外からの資金が流入する「ボーナスステージ」に突入していました。このような経済の好循環は15年から20年に一度しか訪れません。もし今このチャンスを逃せば、次に訪れるのは私が60歳になってから…その時では遅いと感じ、自分の看板で新しいことに挑戦するならば「今しかない」と判断しました。
ー【岡崎】まさに、千載一遇のタイミングだったのですね。独立後は、ラジオパーソナリティをされていたり、ReHacQやPIVOT、NewsPicksをはじめとしたメディアでも「元ゴールドマン・サックス」という肩書きでご活躍を拝見しておりますが、この次のステップとして描いている未来はありますか?
ー【田中】いえ。「何も決めていない」です。実はメディア発信でこうして大きく露出し始めたのは2025年の1月からで、自分でも驚いているような状況です。
独立してから、これまで金融の世界では出会えなかったような多様な方々とお会いできる機会が増えました。上場企業の社長、元オリンピック選手、著名な文化人など、私が「何をしているか分からないけど楽しそうに生きている」という理由で連絡をくださったり会いに来てくださるのです。彼らのような人生の頂点を経験した成功者の中には、ミッドエイジ・クライシスに悩む方も少なくありません。ですが皆さん話が早いので、会うとこれやろうあれやろうと色々なことがどんどんと決まっていくのです。
間違いなく去年まで持っていなかった世界線の広がりそのもので、会社員時代には考えられなかった政治活動への参加や、教育・福祉分野への関心など、「フリーフロー」の名の通り、流れに身を任せる中で自然に生まれていて、豊かさと充実感に繋がっていると実感しています。
何も決めず、流されるように生きていく中で、自然と新しい活動が生まれて可能性を広げてくれると思っています。時には「人の応援」に徹し、またある時には自らが「主人公」となる。そのしなやかさこそが、不確実な時代を生き抜く強みとなると思っています。
ー【岡崎】常に「全てを選び取れる状態」を維持することが重要であると…!その状態を支えるのが、学習、人脈、そして現在の活動だというお話、非常に納得しました。では最後に、読者の皆様へメッセージをお願いいたします。
ー【田中】読者の皆様には、まず「毎日自分が何をしているかを記録する」ことを強くお勧めします。
私自身が後悔していることの一つでもあるのですが、今こうしてメディアで露出し始めて、「過去を何も記録してこなかったこと」を非常にもったいないと感じています。AI時代において、自分自身の個性的なストーリーを記録することは、アイデンティティを保つ上でかけがえのない財産になると思っています。
また、Z世代を中心に「やりたいことが分からない」と悩む人も多いと思います。特に何をする必要もないですし、強制もしませんが、日常を変えたいと思っているならぜひ「非日常」を意図的に取り入れる時間を設けてみてください。1日の中で1割くらいの時間で十分です。会う人、行く場所、学ぶこと、何でも構いません。
私たちは1日の9割を昨日と同じルーティンで過ごしています。そこに意識的に非日常を取り入れることで、予期せぬ出会いや新たな発見が生まれます。最初はストレスを感じるかもしれませんが、その中から「好きなこと」「得意なこと」「誰かに褒められること」が見つかるはずです。それがやがて、後付けの「やりがい」となって「自分はこれをやりたかったんだ」という使命感へと繋がっていくのだと思います。
もちろん1つの山や1つの城を築く実業家や、何か社会に大義を持って生きている方も素晴らしいですが、最初から使命感を持っている人は本当に一握りです。ほとんどの人は持っていなくて当たり前です。だからこそ、不確実な感じで流されてみると意外なほど人生が楽しく、豊かになっていきます。私を通して「何をやってるかわからないけどなんだか楽しそうな生き方」という、1つのロールモデルが伝わったら嬉しく思います。
【撮影協力(場所提供)】
・デジタルマーケティングのことなら「株式会社R-TGエージェント」
【クレジット】
・取材・構成・ライティング/岡崎美玖 撮影/原哲也 企画/大芝義信
【スポンサー】
・エンジニア組織のハードシングスのご相談は「株式会社グロースウェル」
Company
田中渓
投資部門日本共同統括
現在投資会社責任者(運用数千億)
ラジオパーソナリティ(月曜朝5時10分 interFM Beyond K-point・水曜夜0時CrossFM Lifestyle Blueprint放送中)
不確実な時代を勝ち抜く「フリーフロー」思考とは?元ゴールドマン・サックス田中渓が語る、天才を模倣し自己を拡張する仕事術