月商4500万円のブランドをインスタで創った
Juemi滝口樹理に学ぶソーシャルコマース
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氏名 | 滝口樹理 |
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肩書 | 起業家、ファッションディレクター、インスタグラマー |
出生 | 1994 |
略歴 | 東京に生まれ、中国で育つ。アパレルショップ店員として働き、20歳で起業。アパレルブランドの『Juemi』を創り、自社製品のデザインやInstagramを駆使したマーケティングを行なって月商4,500万円のビジネスに育て上げた。 |
ソーシャルメディア時代の今、インフルエンサーとアントレプレナーの境界は曖昧になりつつあります。自分のメッセージやイメージを世界に伝播しビジネスを成長させるという、かつて一部のセレブレティだけが持ち得た力は、今やInstagramerやYouTuberのものになりつつあります。
今回はInstagramerとして約10万人のフォロワーを持ち、月商4,500万を売り上げるアパレル・ブランド『Juemi』を立ち上げた起業家の滝口樹理さんにお話をうかがいました。
—【楯】はじめまして『ザ・キーパーソン』の楯でございます。私たちは起業家やアーティスト、タレントなどとして成功している方々から直接お話をおうかいがいして記事を書いているインタビュー・メディアです。今回は最近のご活躍だけではなくて、そこに至るまでの道のりというか、ライフヒストリーも含めて、じっくりお話しいただければと思います。
—【滝口】はい、よろしくお願いします。
東京生まれ、上海育ち
—【楯】まずは、子供時代の滝口さんについて教えてください。中国に長くいらっしゃったそうですが?
—【滝口】生まれは東京の新宿でしたが、その後はしばらく日本と中国を行ったり来たりという生活でした。幼稚園生になってからは中国の上海で暮らしていました。
—【楯】小学校も上海で通っていたのですか?
—【滝口】そうです。現地の私立小学校に通っていました。週末しかおうちに帰れない寮制の学校で、服もすべて指定のものしか着られませんでした。制服だけでなく、靴下とかパンツまで決められている、というかなり厳しい学校でした。ちなみに、周りには1人も日本人がいなかったので、当時の私は中国語しか話せませんでした。
私のお母さんはとても教育熱心な中国人で、「中国の教育は進んでいる」と信じていて「日本人は遊んでばかりいる」というイメージを持っていたようです。それで、上海のなかでも特に厳しいと有名な学校に私を入れたのです。実際、校則が厳しいだけでなく、勉強の指導もハードで小学校1年生で割り算を教えられるような、そんな環境でした。
そのころの私は、まさに「ガリ勉」で、視力が悪くて机にかじりついているような、そんな感じの子供でした。とにかく「1番にならないとダメ」と思って週末もずっと勉強していましたね。学校だけでなく、家庭の教育方針も厳しくて「コーラは絶対だめ」「ケンタッキーは1年に1回だけ」と決められていました。
ギャルの「お姉さん」に憧れて
—【楯】その頃からファッションに興味がありましたか?
—【滝口】私には従姉妹の「お姉さん」がいて、たまに東京から上海に遊びにきてくれました。彼女がギャル系のファッションの人で、私はそれがすごく羨ましかったのです。当時の中国にもかわいい服装の人はいましたが、今と比べるともっと地味な人ばかりだったので、東京から来る「お姉さん」の姿に憧れました。たぶん、それがファッションに興味を持ったきっかけだと思います。
—【楯】その後は、日本に戻られていますよね?
—【滝口】はい、小学4年生の時、私が「もう厳しい学校には行きたくない!」と言って、日本に戻ってきました。当たり前ですけど、学校の雰囲気も勉強も中国とは完全に別世界です。算数だと答えが正しくても計算の仕方がちがうとバツ。漢字も中国と日本では書き方が違うし、同じ文字でも意味が違うこともあります。そもそも、私は日本語がしゃべれなかったので、成績は学年で最下位でした。そこから、勉強が嫌いになって、もうどうでもいいや、となってしまいました。
周りからは「日本語がしゃべれない」といってイジメられたりもして……でも、「日本に戻ってきて、失敗だった」とは思いませんでした。日本は楽しかったです。物のつくりが繊細だったので、それがすごく好きでした。
15歳でバイヤーになる
—【楯】かなり早い時期から、自分でビジネスをしていたそうですね。どういった経緯で始められたのでしょうか?
—【滝口】日本に来てからも、中国へは毎年2、3回は戻っていました。それで、15歳くらいの時になんとなく「iPhoneが流行っているから、中国で買ったケースを日本で売ってみよう」と思って試したのが始まりです。とにかく、中国だと値段が安かったですし、日本で売っているiPhoneケースは種類も少なく、可愛い物もあまりなかったので「いけるかな」と思ったんです(笑)。シンプルに日本で流行っていると感じた物を上海の市場で安く買って、日本に持ってきてインターネットで売っていました。ちなみに、iPhoneケースを売っているのに、出品はパカパカケータイ(編集部注:折りたたみ式のフィーチャーフォンのこと)でやっていました(笑)。
—【楯】仕入れや販売を始めたきっかけは?
—【滝口】うーん、正直あんまり覚えていません(笑)。厳しい家庭だったのでお小遣いがほとんどもらえなかったから……それで自分で稼ごうと思ったのが、きっかけと言えばきっかけですね。もともとはティッシュ配りのアルバイトとかもしていたんですよ。でも、あまり長く続きませんでした。そんな時に、ふと「中国では安く売ってるけど、日本では高く売られている物があるなら、自分で仕入れて売れば稼げるかも」と思ったのがはじまりです。その頃の私にとっては、数万円の利益で十分だったのです。
ファッションにのめり込んだ
—【楯】本格的にファッションを仕事にしようと思ったのはいつ頃からですか?
—【滝口】高校生の私はアパレルショップのスタッフにあこがれていました。そんな時に、美容室で出会った人から誘われて、109にあるお店のスタッフで働けるようになりました。当時はショップ店員になることが夢だったので、本当に嬉しくて、高校にも行かなくなってしまうくらいずっとアルバイト漬けでした。
お店で働くのは始めてだったし、まだ、日本のことがわかっていなかったので、職場の先輩を「ちゃん付け」で呼んでいました。私はそれで十分ていねいだと思っていたのですが、すごく怒られましたね(苦笑)。周りが常識だと思っていることが、中国で育った私にはわからなかったのです。ちなみに、その頃の私は金髪のショートヘアという、お店の中で1番派手な格好だったので、お客さんにはよく覚えてもらえました。
残念ながらそのお店は閉店してしまったので、知り会いに紹介してもらった109の別ショップで働くことになりました。でも、当時の私はうまくそこになじめなくて、人間関係が上手くいかなくなってしまったので、そのお店は辞めてしまいました。
ハタチで起業
—【楯】そこで「今度は自分でやってみよう」ということですか?
—【滝口】 仕事はぜんぶ辞めてしまったので、また、高校生の時にやっていたような仕入れと販売をやろうと思って上海に行きました。最初は数万円のおこづかいを元手にして仕入をしたんですけど、それがけっこうちゃんとした金額の売上になりました。この頃は、まだ、半分旅行のつもりで行って、めちゃくちゃ軽い気持ちでスタートだけで、親も遊びだと思っていたのか、特に何も言われず放っておかれてましたね(笑)。
でも、売上が増えると、税金を払ったりしなければいけなくなるじゃないですか? それが「意味がわかんない」と思って、辞めちゃいました。誤解の無いように言うと「税金を払うのがイヤ」だったわけではないのです。高校にもちゃんと通っていなかったので、本当にわからなかったのですよ。税金の仕組みが理解できなかった、ということです。「税金ってなに?」みたいな、そういう状態でした。
偶然、仲良くなった人にそんな話をしたら、「税理士さんを紹介するから、会社にすれば?」と言われて、それで起業することになりました。それが2014年のことです。私とビジネスパートナーの方、その方の奥さんの3人でスタートしたのですが、最初はぜんぜん売上が立ちませんでした。
私はバイヤーをしつつ、商品写真撮影や説明文のライティング、検品、発送、カスタマーサポートなど、基本的にECに関係する業務はすべてやっていました。自分の肩書が社長になって「今までやりたかったのに、やり方がわからなかったこと」がどんどんできるようになったので、それがモチベーションになっていました。
販売に利用していたのはフリマアプリの『STULIO(ステューリオ)』『メルカリ』『フリル』と『BUYMA(バイマ)』でした。当時1番好調だったのは『STULIO』だったと思います。
実は、最初はアパレルだけではなく、まったく別ジャンルの物も買い付けていました。例えば、iPhoneケースや充電コードとかです。メルカリを見ていて、「このお店の商品売れているな」と思ったら、中国で仕入れてきたり。とにかく、いろいろな方向へブレまくっていて、一時期はバターまで仕入れましたからね(笑)。
あとは、「赤ちゃんを可愛く撮影できる服」みたいな製品があって「帽子に目がついていて、芋虫になれる服」というのがあったんですよ……売れませんでしたけどね。そんな感じで、あまり自慢できる状態ではなかったので、人に「仕事は何やってるの?」と聞かれたら、何もやってないよと答えていました。
月商4,500万円へのサクセスストーリー
—【楯】売上が大きく伸びたきっかけは何ですか?
—【滝口】 『STULIO』で販売していたニットのワンピースがたくさん売れたのがきっかけです。『STULIO』はレディースがメイン、女性ファッションに特化したアプリだったので、相性が良かったのだと思います。ワンピースの他に、タイのウィークエンドマーケットで買い付けたパナマハットがとても良く売れました。そこから夏物はタイで仕入れるようにしました。当時はタイから買い付けている人はあまりいませんでしたし。
ウィークエンドマーケットでも日本人のベテランバイヤーっぽい人は見かけましたが、私が選ぶものとはまったく違うものを選んでいましたね。私自身は同じくらいの年代の子に売れる商品がわかります。「これ絶対好きでしょ!」「これ着ればかわいいと思う」という感性には自信があります。今でも、データ分析や市場調査は苦手で……感覚でやっていますよ(笑)。
—【楯】現在(2018年時点)、会社は何人で運営されていますか?
—【滝口】アルバイトさん含めて10名です。
—【楯】差し支えなければ、月の売上げと利益を教えてください?
—【滝口】1番売良かったときで、ECとこれはポップアップストアの合計で月商4,500万円でした。
—【楯】ターゲットの顧客層は?
—【滝口】20代半ばの女性です。「女の子が自分で、自分のために買う服」を販売しています。少し前にファストファッション系ブランドが入ってきて、けっこうな数の人が好きな服をたくさん買えるようになりました。それで、1回だけしか着ないような服もどんどん買っちゃうようになって……私もたくさん買ったことがありますが、それが本当に幸せなのかどうかわかりませんでした。
なので、そこを一周して抜けだしてきた子たちがJuemiのターゲットです。極端にドレスアップするわけでもなく、カジュアルやストリートの要素を楽しみつつ、自然に好きになってもらえるようなラインアップを目指しています。
ちなみに、今販売している製品のほとんどは仕入れではなく、自社でデザインしています。自分でデザインすれば独自性がもっと出せますし、自分たちが見せたい世界観をもっとしっかり作れるので、いまの製品ラインナップほとんどが自社デザインの製品です。「Juemiはたくさんデザインやってるんだよ」ってもっとたくさんの人に知ってほしいですね(笑)。
—【楯】販路は自社サイトとポップアップストアのみですか?
—【滝口】2018年は、ポップアップ出店をルミネ新宿、ラフォーレ原宿、銀座三越、あとは仙台や福岡などで行ないました。規模に違いはありますが、年に10回くらい出店しています。
—【楯】ECサイトのカートシステムは何をお使いですか?
—【滝口】最初は『カラーミーショップ』を使っていました。今はエンジニアさんを紹介してもらって、自社で作ったカートを使っています。
InstagramでECサイトの売上を伸ばすテクニック
—【楯】集客導線はInstagramですか?
—【滝口】自社ブランド(juemi)と、私のInstagramアカウント経由が9割だと思います。検索も最近は少し増えてきましたが、やはりInstagramが強いです。
—【楯】Instagramが集客導線として「効く」と感じたのはどれくらいのフォロワー数になってからですか?
—【滝口】フォローしてくれる方が3,000人くらいになった頃から「見てる見てる、スゴイ!」って言ってもらえるようになりました。タイに買い付けに行ってレディースの夏物商品をアップしたら、まず友達から問い合わせがきました。それで「ああ、こんなに見てくれているんだ」と思って、どんどん写真を投稿するようになりました。最初は宣伝っぽいことを書くのが恥ずかしかったですが、「これを見て買ってくれる人がいる」と気付いたので、ちゃんと書いていくようにしました。
—【楯】これからInstagram経由でECサイトの売上を伸ばしていきたい人へのアドバイスをお願いします。
—【滝口】自分の個性を出さないとつまらないし、商品も売れません。
あとは……投稿の全部に商品タグをつけてしまうと「売り売り」な感じになってしまうので(笑)、自分たちが売っている商品の写真だけでなく、ライフスタイルとか普段の雰囲気とかも含めて楽しんでもらえる写真とかを混ぜつつ投稿するのが良いと思います。「押しすぎないようにする」のが大事です。
あと、やはり「わかりやすい」商品がよく売れます。ニットのワンピースみたいな、そういう服です。でも、ミックスしないと、シンプル過ぎて普通なお店になってしまうので、いろいろな要素をまぜる必要はあります。
堂々と好きなことをやれていますか?
—【楯】自分でビジネスを始めた頃を振り返って、もし、やり直せるなら、何をやり直したいですか?
—【滝口】赤ちゃん用「芋虫服」の仕入れですね(笑)。あれはやめておけばよかった。
—【楯】笑。
—【滝口】ブレてはダメなんだなと思います。結局は好きなことしか続かないんです。当たり前のことだけど、実は難しいですよ。好きなことを好きとわかって、それを堂々とやれる人って、実際はほとんどいないと思いませんか? 私もずっとそれができなくて、いろいろとやってきて続かなかったことも多いけど、今はいろいろと自由にできるようになってきました。その中で幸せだなと気付いて「ああ、これが好きってことなのかな」と改めて実感できているので、それをブレずに続けようと思っています。
—【楯】では、最後に私たち『ザ・キーパーソン』恒例の質問です。会社やコミュニティにポジティブなインパクトを与えるキーになるような約割を担いたいと思っている人にアドバイスやコメントをお願いします。
—【滝口】 インパクトを与えるのはそんなに簡単なことではないし、すぐできることでもありません。インターネットだと、パッと一時的に注目が集まることはありませんが、後々「あの人一発屋だったね」といわれてしまったら本当の意味でインパクトを与えたことにはなりません。
自分の得意なものではなくても良いので、何か続けられることを継続する。すぐにインパクトを与えるところまで考えなくて良いし、それは無理です。「今うまくいっているな」という感覚が持続するようにして、その結果として人にインパクト与えていたと途中で気付く、そういう流れが自然だと思います。急がずに、好きなことや続けられることをやってほしいと思います。
—【楯】わかりました。今日はたくさんお話しいただき、ありがとうございました。
—【滝口】ありがとうございました。
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企業 | 株式会社Juemi |
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所在 | 東京都渋谷区神宮前5-39-3 |
業種 | アパレル販売 |
URL | https://juemi.jp/ |
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