リーマンショックを生き残った
ベンチャーキャピタリスト宮坂友大が説く
逆境の時代で「人に期待する」ことの大切さ

6,517view
トップ > インタビュー 一覧

氏名 宮坂友大
肩書 GMO VenturePartners株式会社、Capital T LLC
慶應義塾大学経済学部卒。ネット総合金融グループの金融持株会社SBIホールディングスを経て、2006年に住友信託銀行とSBIグループの出資による現住信SBIネット銀行の立ち上げに参画。2008年よりGMO VenturePartnersに参画し、パートナー(現職)。Capital T LLC CEO(現職)。

—【聞き手:楯雅平、以下:楯】大変な時期ですが、お忙しい中インタビューにご協力いただきありがとうございます(本記事は2020年3月に収録)。私たち「ザ・キーパーソン」は各界のキーパーソンの方々に直接お会いしてじっくりとお話を聞いて記事を書くメディアです。大変な時代だからこそ、ということで会社やコミュニティのキーパーソンに成るべく努力している人たちのヒントや励ましになるようなストーリーをシェアしていただければありがたいです。

—【話し手:宮坂友大(敬称略)、以下:宮坂】わかりました。よろしくお願いします。

◆ 少年時代に痛感したコミュニケーションの重み

—【楯】まずは、宮坂さんの子供時代のお話を聞かせてください。今の自分につながっていると感じるエピソードがあれば、その辺りを中心にお願いします。

—【話し手:宮坂友大(敬称略)、以下:宮坂】僕は長野県出身で、諏訪湖の近くの山に囲まれた盆地で育ちました。自然が豊かな場所ですが、言ってしまえば、まぁ、田舎です(笑)。

小中と公立の学校に通っていたので、勉強ができる子もできない子も同じクラス。不良も優等生もごちゃ混ぜ、という環境でいろいろなクラスメイトから刺激を受けながら学校に通っていました。

この頃の経験でいちばん深く心に残っているのは、中学生の時に祖父を亡くしたことです。もともと、祖父とはとても仲が良かったのですが、この頃は反抗期の最中だったので、久々に会った時に祖父に冷たい態度を取っていました。実家に来た祖父がせっかく「最近、元気か?」と声をかけてくれたのですが、僕は「知らんよ、どうでもいいだろ」という感じの対応をしてしまったのです。

その1週間後に祖父が心筋梗塞で亡くなりました。予兆は全くなく、そのため死に目にもあえませんでした。1週間前に 、話をするチャンスがあったのに、ちゃんと話せなかった。一時の感情で言ってしまったことが、取り返しが付かなくなるということを深く後悔しました。悲しかったですし、しっかり考えてコミュニケーションをしなければいけない、ということを思い知りました。いまだに、祖父には申し訳ないと思っていて、毎年、お墓参りに行っています。

—【楯】それはつらいご経験ですね……。

◆ ここではないどこかへの誘い

—【楯】青年時代というか、高校生からはどのように過ごされていたのでしょう?

—【宮坂】高校に行ってからは進学校だったので一転して、基本的に勉強できる人しか周囲にいない環境になりました。それで私もまじめに勉強して、テニスをして、1人で本を読んで……という感じの学校生活を過ごしていました。良い環境だったとは思いますが、正直、それほどおもしろくはなかったですね。それで、「もっと外の世界に出て新しい物事を見聞きしたい」と思い、1人で東京に出かけて行くようになりました。明確に「ここに行きたい」とか「これを買いたい」ということがあったわけではありませんが、原宿とかに出かけてオシャレな人たちや都会の風景を眺めていました。

長野の田舎から出て来ると、東京は大都会なのですよね。その中にいると少し寂しい感覚と、未知の土地にいる高揚感が心の中に同時に湧き上がってきます。この感覚は今でもハッキリ覚えていますし、自分にとって大切なものです。

大学生の頃は東京で、また一時ニューヨークで学校に通っていたのですが、その時も同じような感覚を味わっていました。1人で黙って座っていると何も起こらないけれど、その辺にいる人に声をかけて、面白そうな話があれば行ってみる。そういった、少し境界線を越えていく感じ、コンフォートゾーンの外に行く感じに惹かれて行動してきたことが、今の自分につながっていると思います。

—【楯】旅行はお好きですか?

—【宮坂】はい、旅行は好きです。大学生の頃は長期休みを利用してバックパッカーをしていました。最初はタイの南部にあるピピ(ピーピー諸島)へ1カ月行きました。レオナルド・ディカプリオが出ていた映画『ザ・ビーチ』の舞台になった、あの島です。私が訪れた当時は未開の島という雰囲気で自然の原型が残っていました。

そのあとは、インドへ1カ月行きました。今から15〜16年前になりますかね、当時は空港を出ると山のようにタクシーの客引きがいて、囲まれるという世界でした。いざ乗ってみると、英語が通じているのか、通じてないのかもよくわからない感じだし、どんどん危なそうな人が相乗りしてきてギュウギュウになるという状況。そんな感じで、デリーやガンジス川の聖地ヴァーラーナシーなどを巡っていました。

◆ 理不尽を飲み込む

—【楯】非日常を求める行動が今のご自身につながっているというお話ですが、バックパッカー以外で学生時代にやっていてよかったと思うことがあれば教えてください。

—【宮坂】スポーツですね。もともと運動は好きで、最初は水泳をやりました。スピード勝負で、クロールで泳ぐ自由形という種目です。これはほぼ完全に個人プレーの世界です。

その次は野球をやったのですが、これは水泳とは逆のチームプレー。いくら優秀な個人がいても、チーム全体で最適化して相手を上回らないと勝てない世界です。なので、個人競技と団体競技の両方を体験できたことは良かったですね。

—【楯】スポーツをしていた経験の中で、今の自分や仕事につながっている部分はありますか?

—【宮坂】スポーツをやっていて学んだことで、今でも役に立っていることは主に2つあります。

1つ目は「どれだけ実力があっても、勝つ時も負ける時もある」ということ。自分の実力、さらに言えばチームの実力だけが全てではなく、相手の状況もあるし、それこそ天候や球場の状況など無数の変数があって勝敗という結果が出ます。だから、負けても過度に落ち込む必要はありません。もちろん自分ができることは極限までがんばりますが、どう転がるかは実際に試合をしてみないとわからないのです。なので、結果がどうであれそれを受け入れて平常心でいることが大切です。

2つ目は世の中には理不尽なことがある、という理解ができたことですね(笑)。野球部に入ると丸刈りの坊主頭にしなければなりません。ちゃんとした理由はいまだにわかりませんが、当時はそういうものでした。髪の毛の長さと野球の上手い下手は関係ないし、プロ野球選手にも髪の毛をはやしている人はいます。でも、「野球部は全員が坊主頭、それが決まりだ! 以上!」みたいな世界なのですよ。納得できませんでしたが、人生には理不尽なこともある、ということを体験させられたのは、今思うとプラスになっているのかなと思います。

◆ スタートアップ企業への尽きない関心

—【楯】新社会人の頃のお話を教えてください。

—【宮坂】最初に入社したのはSBIグループの会社で、僕は新卒の一期生でした。そこは金融事業の会社で、ソフトバンクが上場した際にCFOをされていた北尾吉孝さんがトップでした。今では、VC、ネット銀行、生損保、暗号通貨など幅広く手掛ける会社になっています。この会社に入社する経緯をお話しするには、まずは学生時代に起業をしていた頃にさかのぼらなければなりません。

私が学生だった2000年前半頃は日本のITベンチャーが“イケイケ”だった時代で、堀江貴文さんのライブドアなどのITベンチャーやヒルズ族と呼ばれるような人たちが絶好調でした。それで私も大学の友人たちと学生ベンチャーで起業をしたり、株式投資のサークルを作ったりしていました。他にも様々な上場会社や急成長中のベンチャー企業の社長さんや投資ファンド、コンサルティング会社など、最前線で活躍されていた方々に会いに行って、お話を聞いていました。

就職を考えた時に、当時はコンサル・投資銀行・商社が花形だったのですが、自分は起業と投資の経験から事業サイドをやりたいと思っていました。けれども、学生ベンチャーで事業を続けることの限界も見えていました。というのも、当時は起業家が少なく相談できる人もほとんど見つからなかったからです。ファイナンスのことも、マネジメントのことも、手探りでやるにはさすがに限界があるし、大きな売り上げの会社は目指せないな……という壁を感じていました。

それで、どこかの会社に就職しようと決めました。ただ、会社を大きくした経験がある方のもとで働き、自分にも一定の責任を任せてもらえる所を選ぼう、と思って新卒第一期を募集していたSBIグループの会社に入ったのです。最初は北尾さんの付き人みたいな仕事をして、そのあと住友信託銀行とSBIホールディングスが一緒になって行なった銀行の立ち上げに関わらせていただきました。これは素晴らしい経験だったのですが、新しい事業の立ち上げとは言え、一定の規制の中で運用を許されるという特殊なビジネスであって、いわゆるピュアスタートアップではありません。

SBIグループの中のファンドでスタートアップ企業に関わるという選択肢もあったのですが、1000億円規模のファンドなので1社への投資額は数十億円。これだと投資先が会社としてはかなり大きくなっているステージなので、できればもっと早い段階の生のスタートアップに関わっていたいというのが自分の気持ちでした。

そこで、なんとなく「もう少し若い会社でチャレンジがしてみたい」と思うようになりました。

◆ 転機

—【楯】具体的に転機となるようなできことはありましたか?

—【宮坂】はい。ちょうどその頃、偶然、自分が学生時代にアルバイトをしていたお店のオーナーさんから電話がありました。「お前、独立するって言っていたけど、最近は何をやっているの?」と言われたので、私が「まだ、同じ所に勤めていますよ」と話したら「そうか。じゃ、俺、赤坂に新しい店を出したから、お前も飲みにこいよ。若手の勉強会もやるから」と言われたのです。それなら、ということでそのお店に行った時に、出会ったのがGMOベンチャーパートナーズの村松竜さんでした。

そんなわけで急に、一緒に食事をすることになって話を聞いてみると、当時は23億円のファンドを3人くらいで運営しているということでした。23億円というとファンドの世界では、それほど大きな金額ではありません。そして、投資先企業のステージも早いという説明を受けて、それならいろいろなことができるし、アーリーステージの企業にも関われると思いました。幸いにして「うちに来ない?」というオファーを頂いたので、これはご縁だと思い「この話に乗ろう」と決めました。

そのことを北尾さんに素直に伝えたら、ものすごい怒られたし引き止められもしたのですが、タイミングとご縁なのでということで、転職をしました。

—【楯】それは幸運ですね。宮坂さんにとっての運とは、どういったものですか?

—【宮坂】難しいですね。例えば、年末にその1年を振り返ることってありますよね? あと、新年にその1年の計画を考えることもあるじゃないですか? そうするなかで、なにか現状はちがうなとモヤモヤすることや、5年後10年後にこういった方向に進んでいたいなと思うことが出てきます。そういう気持ちを持っていると、自然と引き寄せられるもの、それが運なのかなと思いますね。

◆ ベンチャーキャピタリストの仕事

—【楯】ベンチャーキャピタリストというお仕事には馴染みのない人も多いと思います。スタートアップ企業に投資をするということはわかりますが、もう少し具体的にどのような流れで仕事をするのか、典型的な例を教えてください。

—【宮坂】まず、どの産業や業種が伸びるのか? どう伸びるのか? といった全体のトレンドについて調べたり、考えたりします。その次は、実際の投資案件をとってくる作業になります。これはキャピタリストによっていろいろあると思いますが、私の場合は先ほどお話しした通り、紹介が多いです。その後は、お互いのことを知り、条件を提示して、デューデリジェンス(価値やリスクの調査)をした上で、投資を実行します。

その後は、会社を伸ばすお手伝いです。ここもいろいろなやり方がありますが、私の場合は基本的に投資先の会社さんができないことがあればなんでも支援するというスタンスです。人によっては「ベンチャーキャピタルはリスクマネーを供給するだけで良い」と考える人もいて、それはそれで正しいと思います。ただ、僕たちの場合は自分たちが信じて投資した会社さんのためにできることは、できる限りやってあげたいという関わり方です。たくさんの会社を見てきた分、経営陣が気づけないことにも気づけますから、経営会議に参加してこちらの方向に進むべきですよ、というお話をすることもあります。経営者にも癖がありますから、保守的に行きすぎる人もいれば、アグレッシブに行き過ぎる人もいるので、その癖をみつつ適切な助言を行います。

他にも、業務提携や資本提携先を見つけてきたりすることもありますね。

そうして、上場かM&A(合併や買収)でリターンを得る、というのが大きな流れです。

—【楯】ベンチャーキャピタリストとして、これまで手がけてきたお仕事について教えてください。

—【宮坂】私がGMO ベンチャーパートナーズにジョインしたのが2008年で、リーマンショックの影響で株価が大暴落して経済活動がひどく停滞していた時代です。それまで金融市場でジャブジャブだったお金が、一気に引いていったタイミングでした。そこでベンチャーキャピタリストとして仕事をするのは、正直、怖かったです。けれども、やるしかなかった。でも、これがいま思うと投資をするには良い時期だったのです。経済がクラッシュして株価や企業価値が安く見積もられている時に出資ができたということですからね。

この時に投資していて上場された代表的な企業が、Sansan、ユーザベース、その後にメルカリ、マネーフォワード、ラクスル、ランサーズ、チャットワークなどの会社さんです。Sansanは時価総額6億円、ユーザベースは3億円の時代でした。明けない夜はない、と言いますが、いつかは経済も登り調子になるわけで、そうやって市場が回復していく流れになった時にメキメキと伸びる会社とこの時に出会えたのは良いご縁だと思います。

—【楯】 そうそうたる企業への出資実績ですが、投資先はどのように開拓したのですか?

—【宮坂】なぜ出会えたかというと、これもご縁です。それほどガツガツ会いに行ったわけではなく、1社1社ご支援をしていくなかで私たちのことを評価していただき、そこから良い会社さんをご紹介していただいて、広がっていったという流れです。

—【楯】急速に成長している会社さんと一緒に仕事をする場合、こちらもスピードが求められますよね? そのような状況で自分の対応の遅れがボトルネックにならないようにするために心がけていることはありますか?

—【宮坂】ベンチャーキャピタリストの立場でいうと、仕事の分業はなかなかできません。ノウハウや関係値というのはキャピタリスト個人に蓄積されますからね。それに、Aという会社の成功体験がBという会社にそのまま当てはめられるかというかと、そうでもなく経験量が大切です。とは言え、個人ができる仕事の量には限界があります。そこで、私が心がけていたのは、少数精鋭にしてコミュニケーションコストを低く抑えるということです。シンプルな組織にして、無駄を省き、意志決定を早くすることで全体のスピードを保っていました。例えば、当時も現在も日本国内は実質ベンチャーキャピタリストは2〜3名で回しています。

◆ 経営者の役目は考え続けること

—【楯】お仕事上、たくさんの起業家にお会いしてきたと思います。その中で「経営者はこれをやってはダメだ」というパターンがあれば教えてください。

—【宮坂】真面目な話で言うと、本当にいっぱいありますが……起業家に関してなら、お客さんについて徹底的に考え続けられるか、組織について考え続けられるか、の2つでしょう。

そもそもの話、社長、経営者も結局は人間です。だから、喜怒哀楽があって、いい時もあるし悪い時もある。1人でできることも限られています。だから、失敗するか、成功するかは経営者だけでは測れないところがあります。ただし、トップが考えるのをやめてしまった時に、その組織はほぼ確実に失敗します。

社長の最も大切な役目の1つは、お客さんについて考えることで、これはそれこそ24時間365日考え続けないといけません。BtoCの会社はコンシューマーが求めないものを作ったらその会社はダメになるし、BtoBなら企業の要望に合わないものを作ったら終わりです。だから、トップというのは常に顧客と向き合いそのニーズを考え抜かなければなりません。

後は、社内、組織のことです。実現したい理想は何か? それに対してどのような組織、人がいるのか? これを考えることもトップの役目で、やはりこれをやめてしまったら組織は崩れていきます。当たり前ですが、経営者が自分の会社のことを考えられなくなったらダメですね。

でも、ついつい社長が見栄っ張りになっちゃう、というケースはあります、飲み歩いて「俺はこんなにすごいぞ!」と言ってしまうとか。売り上げがないのに、調達した資金で高いオフィスに移るとか、こうして横道にそれてしまうと失敗する確率が一気に高まります。

◆ 人に期待しちゃいけませんか?

—【楯】「他人に期待しないで生きるとラク」というのはよく言われることです。一方で、VCというお仕事は相手を信じて期待せざるを得ない仕事でもあると思います。「他人にかける期待」とうまく付き合う方法があれば教えてください。

—【宮坂】大前提として、人に期待しないということは、人の力をうまく使えないことなのです。だから人に期待しない方がいいとは思いませんし、どんどん期待したらいいと思います。自分1人でできることは限られているじゃないですか? それに、自分が期待してもらえる側だとしたら、期待値が低い相手は嫌ですよね? だから、やっぱりどんどん相手に期待したら良いのです。その上で、お互いの期待値をきっちりすり合わせることが大事です。あなたのことは信じていますよ、でもこれだけは最低限確認させてくださいね、うまく行かなくなったらすぐにアラートをあげてくださいね、というコミュニケーションをしっかり取っておくことが大切です。

—【楯】日々の仕事のなかで、ご自身が心がけていること、役立っていることがあれば教えてください。

—【宮坂】仕事の中で心掛けていることを挙げるなら、この3つですね。

1つ目は面白い人に会う。なぜかと言うと非連続的な場所に連れて行ってもらえるからです。非連続的というのは、自分がこれまでやってきたこととは別のこと、離れた世界と言う意味です。例えば、僕は今年サハラマラソンに参加しようと思っていて、他のにもその道の方のアート勉強会に参加してもみます。今の仕事や趣味とは直接つながりがありませんが、こういった新しい点と点がいつかつながるだろう、と考えてやっています。

2つ目は経験の飛地を作る。異なる環境で普段やらないことをやるということです。例えば、僕は何年か前から中国語を勉強しているのですが、中国に行った際に自分1人でダフ屋からチケットを買ってみたり、ローカルの市場をフラフラしてみたり、といったことをしています。

3つ目は、これが一番大事ですが、人を大切にするということです。どこまでいっても、人かなと感じています。

◆ 本当のリスクは、自分の恐怖の半分ほどでしかない

—【楯】では逆に、仕事をする上で「これはやめておけばよかった」と思うことがあれば教えてください。

—【宮坂】それは2つあります。

1つ目は、人の話を聞きすぎること。とある投資案件があって、僕の直感ではゴーだったのです。ところが、専門家に話を聞いたところ「それは無いよ(やめた方がいい)」と強く言われて、投資をしなかったことがあります。後になってわかったことですが、その時に投資しなかった会社はとても大きく成長していったのです。実はこういったことは、何回かありました。なので、あまり人の話を聞きすぎるも良くないと思っています。

2つ目は、リスク回避をし過ぎること。何か新しいことを始める時は必ず「失敗してしまったら、どうしよう?」と考えますよね? でも、それは普通の人の考えです。成功する人や物事を前に進められる人はリスクを取れる人、どうやってリスクを小さくしてきっちりリターンを得られるかを設計できる人です。「なんか、よくわからないけど怖いからやめよう」という考え方はやめる。人間というのはマイナス面を強く感じる生き物ですから、実際に自分が感じている怖さの半分くらいが現実のリスクだと思うようにしています。

—【楯】仕事をする中での「成功の確率を高める方法」や「勝ちパターン」があれば教えてください。

—【宮坂】まず、マクロの流れには逆らわないことです。市場がマイナスになっている時に、それに逆行するのはすごく難しい。例えば、サーフィンでも大きな波に乗ればダイナミックに滑れるけれど、小さな波では限界があります。そして、自分自身の力で波を起こすこともできないですからね。

あとは直感に従って、それを信じて続けること。ちょっと違ったかな?と思っても、1度信じたら信じ続けると言うことが大切です。それと、人を頼る。ご縁の中で自分が成長できるし、そこから広がることが多いので、人にはどんどん頼った方がいいと思います。

—【楯】情報収集に必須のアプリ、ウェブサイト、媒体などはありますか?

—【宮坂】鮮度や解像度の高さを求めるのであれば、信頼できる人に聞くのが良いですね。一般的に、公になっている情報を多面的に見るなら『ニュースピックス』。あとは「自分の感性を持って何を感じるか」なので、現場に行って生の情報に触れることが大切です。

◆ 次世代のメインストリームが生まれる時

—【楯】ご自身の仕事に関して、これから「チャンスになるだろう」と思うことがあれば教えて下さい。

—【宮坂】相場が下がっている時こそ、仕込み時です。そういう意味で、今の下げ相場はチャンスだと思っています。元々景気が下向きになっているのを金融緩和で延命しているというのが今の状況ですから、大きく下げるタイミングがありますが、そこが狙い目です。

あと、全く別の話として、インターネット化率が低い場所や業界には地殻変動が起こると思うので、そこにも注目しています。

—【楯】日本のスタートアップ企業や企業投資に関連して、注目しているトピックスがあれば教えてください。

—【宮坂】投資家の心理は不安に傾いていて、投資先が精査されています。これまではみんな大丈夫だと思ってどんどん投資していたのが、今年は絞られてくるでしょう。ただ、それを乗り越えて出てきた本物が5年後、10年後のメインストリームになる会社になると思います。

◆ 成熟しているから、遅い

—【楯】東南アジアなどの企業にも投資されているそうですが、海外と日本のスタートアップを比較して感じることがあれば教えてください。

—【宮坂】まず、アメリカで言うと全体的にリスクマネーの規模が大きく、いろいろなトライができる環境が整っています。ステージごとの投資家も分業が進んでいて、ベンチャーキャピタルにも01(ゼロイチ)が得意なところ、1〜3くらいのステージで伸ばすのが得意なところと、いろいろあります。あと、トレンドが見えると、みんなワッとよってくる。そして、すぐに差別化を考えて局地戦を狙いにいくという流れで、バーティカル化するのが早いという特徴があります。

インドや中国のスタートアップ企業もアメリカと同じく多産多死が特徴です。生き残った中から巨大な企業が生まれることがまれにありますが、かなりの割合で1年後にはいないという会社があります。国、産業、個人の生活、商習慣といった背景が他国と異なるので独自の生態系ができています。

例えば、インドでは遠隔診療が盛んですが、それは既存の病院が弱く医療水準を上げないと困るからです。仮に遠隔診療の精度に多少の問題があっても、現状より遥かにましになるなら規制をせずにどんどんやった方がいいわけです。でも、高度な医療機関が津々浦々まである日本ではそうはいきません。

日本は市場が成熟していて、さらに利権や規制が多いので、なかなか早く物事が進まないという側面もあります。もどかしさも感じます。

—【楯】私たちの媒体は「社会や会社にポジティブなインパクトを与える人」をキーパーソンと定義して、そういう存在になることを目指す人たちに役立つ情報をお届けしようとしています。宮坂さんからキーパーソンを志す人たちにメッセージやアドバイスがあれば、お願いします。

—【宮坂】良いことをやろうとしているのなら「もっとリスクを取れば?」と言いたいですね。けっきょく、やってみないとわかりませんから。そして、もっと人に頼ること。自分1人で考えているだけでは何も進みませんから。

—【楯】 わかりました。今日は貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました。

—【宮坂】こちらこそ、ありがとうございました。

Company
企業 GMO VenturePartners株式会社
所在 東京都渋谷区桜丘町 26-1 セルリアンタワー
業種 ベンチャーキャピタル
URL https://gmo-vp.com



GMO VenturePartners株式会社にアクションする