ChatWork山本正喜CTOが語る「働き方改革」と「グローバル化」の進め方

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氏名 山本正喜
肩書 ChatWork株式会社 代表取締役CEO
私は役職名としてCTO(Chief Technology Officer=最高技術責任者)を名乗ってはいますが、自分では「ものづくり担当役員」であると定義しています。技術開発はものづくりにおいてとても重要で不可欠な要素ですが、それだけでいいプロダクトはつくれません。デザイン、マーケティング、サポートももちろん大切ですし、何よりチームを支える組織、制度、文化が必要になってきます。ものづくりという軸を中心にそのすべてにコミットし、会社としての大きな目標であるビジョンの達成をドライブしていくのが自分の役割であると考えています。

出典:http://corp.chatwork.com/ja/vision/cto.html

ChatWork株式会社は山本正喜さんの兄である山本敏行さんが2000年7月に創業し、2004年11月に設立した株式会社 EC studioを前身とする会社です。同社はセキュリティソフトの販売やフリーミアムモデルのウェブ解析ツールの提供、SEO支援事業などを経て、2011年3月にビジネスチャット『チャットワーク』のサービス提供を開始、2012年4月には社名をChatWork株式会社に変更しました。そして、現在(2017年11月末時点)、『チャットワーク』は223の国や地域で利用され、157,000社が導入するサービスに成長しています。

今回のインタビューでは山本CTOにサービスの立ち上げ時から成長段階、シリコンバレー進出などのさまざまなフェーズで事業を成長させるにあたりキーになった考え方や出来事についてお話をおうかがいしていきます。

社内を巻き込んでの新サービス立ち上げ

【聞き手:楯、以下略】
本日はよろしくおねがいします。さっそくですが、最初の質問は『チャットワーク』の立ち上げ当初の状況についてです。初期は山本CTOがほぼお1人で開発をされていたそうですが、その当時のエピソードやどのような考え方で開発をしていたかを教えてください。

【話し手:山本CTO、以下略】
当時の状況を少し詳しくお話すると、会社でもともと提供していたサービスが大ゴケしてしまいまして(苦笑)。フリーミアムで提供していたものが、十分な数のユーザーに有料版を使っていただくことができず「仕方ないから終了しよう」という状況になってしまいました。

そんな時に『チャットワーク』を思いついてしまって、社内で話したら「こんな時にお前は何を言ってるんだ?」という感じの反応ばかりでした(笑)。「技術的にも企業体力的にも現状では厳しいだろう」という意見が大半でしたが、私には「できる」という確信があったので社内を説得してまわりました。

その結果、「山本がそんなに言うなら仕方ないか」という感じで進められるようになったのですが、条件が「1人でやること、他の業務をこなしつつそれ以外の時間で作業をすること」と決められていて、デザイン以外はすべて私1人で作っていました。また、最初は世の中に公開するためのものは目指しておらず、当時社内で連絡ツールとして使われていたメッセンジャーツールを代替する形で社内ツールとして開発していくことになりました。

そんな状況でしたので、ゴールはまず「社内に普及させる」ということでした。初めはバグだらけで重く、いろいろと不満を言われるわけですが、それをひとつひとつその日のうちに解決していきました。コミュニケーションツールに改善要求をして即日直るという経験は、皆したことがなので、よろこんでもらえました。立ち上げ当初は、こうやって社内で巻き込んでいく人の数を増やしてプレゼンスをあげていく、という作業を地道にしていました。

事業が成長しても変わらないこと
変わらなければならないこと

御社には「しないこと14カ条」という決まりがあり、その中に1社は40人以下にするという項目があったそうですが、サービスの成長と共にそれを変えたというお話がありました。このように事業に対する考え方で「成長しても変えないこと」「成長に応じて変えること」があれば教えてください。

変わらない点としては「自分のまわりの人たちから幸せにしていこう」という姿勢を一貫して持つようにしています。まずは自分、そして家族。そこから会社の同僚からユーザーさん、地域から国から世界へという感じですね。ITを通して幸せを広げていこうということはずっと考えていて、社内的には「経済的な豊かさ・時間的なゆとり・円満な人間関係」を理念の3本柱として大切にしています。その先にユーザーさんの業務効率化や売上のアップをつくっていくという考え方は不変です。

変わった点としては、もともと「他社の資本をいれない、売上規模を追求しない」というルールがあったのですが、これは変更しました。きっかけは、サービスに大規模障害を起こしてしまったこと。大変ご迷惑をおかけしてしまったのですが、この時にたくさんの方に「チャットワークがないと仕事にならないんだよ」と言われて、社会的責任を強く意識するようになったと思います。その結果、自己資本だけにこだわらず、他社の資本を入れてでも規模も大きくして行こうと決断をしました。成長に対する制約はすべて取り払って、きっちりと社会のインフラを担える起業になろう、というのが今の考えです。

新しい技術と枯れた技術の配分

CTOというお立場では、足元の課題解決だけでなく、中長期的に技術動向をみて「やること」「やらないこと」のご判断をされることが重要だと思います。そういったポジションでの「アンテナのはりかた」や「技術の取捨選択の方法」についてお聞かせください。

アンテナのはりかたという意味では、ソーシャルのつながりやコミュニティからの情報収集を重視しています。イベントや飲み会に行くと、同じCTO同士で話すことがあって、こういう所だと現場の話がきけます。「○○が流行っている」というような話はネットでもすぐに見つかりますし、ウェブメディアでもたくさん書かれています。一方で「実際のところ、どう?」という話はリアルのつながりがないと聞けません。失敗談というのはなかなか表に出てきませんからね(笑)。リアルで会って始めて教えてもらえる情報、というのはやはり大事です。

技術戦略の話で言うと「ぜんぶ新しいものにすれば良い」ということはまったくありません。新しい技術は「新しいがゆえに、より新しいものに淘汰される」という可能性がありますし、開発中止にでもなったら乗り換え先を探さなければいけませんしね。また、『チャットワーク』のような大規模サービスの場合は、大きな採用事例がない技術を使ってしまうと「規模が大きいがゆえに、踏んでしまう地雷がある」ということがあるので、新しい技術には慎重になりがちです。

サービスインしてからトラブルが起きたら社内で面倒をみれるか? 内部のソースコードを読んででも解決に動ける体制があるか? と考えると、枯れた技術は研究開発のコストがかからないし、インターネット上でもリアルでも得られる知見が多い点はメリットだと思います。

ちなみに、新しい技術と枯れた技術の配分は、プロダクトのステージやメンバーの気質・スキルレベルにもよりますが「新しい技術2〜3割:枯れた技術7〜8割」というくらいの塩梅が良いと思います。新しい技術だけで8割も作ってしまうと、もっと新しいものにとってかわられると目も当てられない状況になります。スタートアップ起業は「イケてる技術」のアセットを集めてサービスを作ろうとしがちですが、これはなかなかリスキーなことだと思います。

また、ある程度の規模までは何も考えずにクラウドなどのプラットフォームに乗っかってアプリケーションの開発に専念していれば良いのですが、一定の規模を超えると「ぜんぶ自前でやらないといけない」という世界が来て、これは経験してみないとわからないものですが、正直ここまで大変だとは思いませんでした(苦笑)。大きくスケールしたいと思ってサービスを作っている人は本当に気をつけてください(笑)。

ちなみに、チャットサービスは「書き込みが多い」という特徴があって、これが技術的なチャレンジにつながっています。例えばブログサービスなどは圧倒的に「読み込みが多い」ので負荷分散がしやすいのですが、書き込みが多いサービスはデータベースが、一般的にはシングルポイントになるので、そこの負荷をどうさばくかがやっかいな問題として存在します。

一般的にはこのような課題はサーバーを複数台並べて分散するスケールアウトでは対応できなく、サーバーの性能を上げるスケールアップで対応するのですが、『チャットワーク』では『Apache HBase』という分散データベースを使って書き込みを分散させるようにしています。これを使うとアプリケーションの実装が難しくなるのですが、そこで工夫さえできれば大きな恩恵が得られます。

一方で、分散データベースは書き込まれたものがすぐ読めないという弱点があって、例えば通常は1秒未満で応答できるようなものができない場合も出てきます。それを許容するから分散できるのですが「入力されたデータが入力されていないように見えてしまわない」ように工夫したりと、いろいろと調整が必要です。ただ、今はそれをうまく使いこなしてスケールアウトする方法を確立できているので、現状の100倍の負荷は余裕でさばけると思います。

シリコンバレーの特殊性

現在はシリコンバレーにもオフィスを構え、グローバルにサービスを提供するようになった『チャットワーク』ですが、実際に海外に打って出て感じたことなどがあれば教えてください。

サンフランシスコのベイエリアは、やはり特殊な土地で本当にものすごい数のスタートアップ起業ができては消えていくという場所です。そういう繰り返しの中で独自のエコシステムが出来上がっていて、ベンチャーキャピタルが資金だけではなくノウハウや人材も注入していくような仕組みがあります。「投資したからには成功させるぞ」という強いコミットがあるんですね。なので、このシステムの中に組み込まれないと厳しいものがあります。私たちは「自己資金でかんばるぞ」「自己資金でシリコンバレーで成功したらカッコいいぞ」と思って行きましたが、そこに壁を感じました。

また、細かい話ですが、ビザの取得でも苦労しましたし、セールスの仕組みがまったく日本とちがったり、とにかく実際にやってみてはじめてこんなにやっかいなのか、と思い知らされることは多々ありました。現地の事情に詳しい人からすれば当たり前のことかもしれませんが、こういった知見はまだまだ日本では得づらいという状況はあると思います。なので、日本からポンッと1社で飛び込んでもなかなか成功はおぼつかないのかもしれません。やはりコミュニティの力を借りて、ベストプラクティスを学びつつサービスで勝負できるところまで持っていけるようにしないといけないと思っています。

ちなみに、日本から出ていってシリコンバレーに拠点を作る場合はかなり大きな裁量を持つ人が現地に行かないと成果は出せないと思っています。向こうに飛び込んだ駐在員が「現地でこれが求められています」といっても、日本側と温度差があって上手くいかないというのがよくある失敗パターンです。弊社の場合は社長自らが現地に行ったのでその点は問題ありませんでしたが、足掛けで成功できるようなものではありません。最低でも役員以上が行く、そうでないと「やっぱダメだったね」という感じで失敗するのが目に見えています。

恵まれすぎた日本に蔓延する危機

以前のインタビューで海外展開について以下のようにお話されています。「5年後のオリンピックまではドーピング的になんとかなるかもしれないけれど、その後は長期的にかなり深刻な不況になっていくはずです。その前に、日本がまだ元気なうちに、なんとか海外からの収益の道筋をつけておかねばと思っています」。この時から2年ほどが経過していますが、現在のお考えはいかがでしょうか?

今も同じように考えています。日本市場のシュリンクは確実に起こりますし、生産年齢人口は既にものすごい勢いで減りはじめています。企業目線で言うと、国内市場はどこも縮小していく上に働き手が採用できないという状況になり、今までのやり方がまったく通用しなくなります。「働き方改革」でも言われているように、現在は市場に参加していない女性や高齢者にもっと活躍してもらわないといけないという話もありますが、その先にはマーケットを求めてグローバル化をしなければいけないという課題が確実に出てきます。

もちろん、そんなことは急にはできませんから、今から準備しておく必要があります。とは言え、どっぷり日本に根ざしている企業には簡単なことではありませんよね。日本は人口が密集していて、職場で毎日顔を付き合わせる人たちが阿吽の呼吸で動くことで仕事が回っている会社がほとんどでしょう。いわゆるハイコンテクストな状況に深く根ざした企業文化です。社内でなにかあっても顔を突き合わせて話をすればなんとかなるし、取引先とのトラブルも会いに行けばたいがいの事は丸く収まる世界です。これはある意味でとても恵まれた環境なので、ここから海外に出ていこうとすると相当に負荷がかかるわけです。

一方でアメリカは地理的な距離が遠すぎて「とりあえずスグ来てくれ」みたいな話は無理です。なので対面でのコミュニケーションを重視しすぎると業務がまわらないし、時差も大きいので電話も使いづらい。文化的な多様性だけではなく、そういったバックグラウンドがあって、そこでなんとかうまくやろうとしていく中でデジタルなワークフローが生まれ、ローコンテクストな状況でも業務がまわるようになった結果、グローバル化の下地ができていったのです。

なので、日本企業も「いきなり海外」と行かずとも、まず社内、次に地方の事業所というようにIT化とデジタル化でリモートワークに対応していくと、その先に海外展開も見えてくるはずです。

ちょっと話が横道にそれますけど、パソコンってボタンが多すぎませんか?マウスとキーボードを両方操作しないといけないし、複雑なんです。でも、スマートフォンはグッと操作がかんたんです。ITを使いこなせる世代間の差というデジタル・ディバイドは未だにあるかもしれませんが、2歳児でもiPadで動画が見れる。そういう時代なので、PCで挫折した人もどんどんIT化の恩恵にあずかれるようになってきているはずです。

話を戻すと、社内のIT化やリモートワークの推進ということは本当に真剣にやっていただきたいと思っています。その先に「働き方改革」も「グローバル化」もあります。アナログなワークフロー、顔を突き合わせての会議、あるいはもっと過激なことを言うとFAXと電話ですが、こういったものを一掃していかないと淘汰されてしまう時代がもう始まっています。こういった状況に対する危機感こそが、今の日本の企業に本当に必要なことだと思います。

「付箋のヒマワリ」を無くす

最後に『チャットワーク』の今後に絡めた質問です。現在のクライアント企業、もしくは市場を見ていて「自分たちならこれが解決できそうだ」と思っている課題というのは何かありますか?

『チャットワーク』ユーザーの企業さんの例で、昔は電話がひっきりなしに鳴っていたという会社がありました。入電を付箋で管理していると、もうどんどん付箋が増えてディスプレイのまわりで「ひまわりの花」みたいになっているという(笑)。で、風が吹くと付箋がヒラヒラと飛んでいくみたいな、かなり酷い状況です。でも、この会社さんは『チャットワーク』を入れてこの惨状を改善されました。

こういう感じで『チャットワーク』は、ぜひ、アナログな会社さんに使っていただきたいです。例えば建築や介護、あるいは士業の方々などのノンテックな職場、例えば「メールですら難しい」というような人たちでも使いやすいように作っているので、そういう方々にもITを通した効率化を体験していただきたいですね。

本日はインタビューにご協力いただきありがとうございました。

どうも、ありがとうございました。

今回のインタビューは新社屋で行いました

東京タワーのふもとに拠点を構えるChatWork株式会社。今回の訪問は移転直後で、真新しい社内の中で取材が行われました。

ガラス張りの明るい会議室の中でインタビューにこたえる山本CTO。

Company
企業 ChatWork株式会社
所在 東京都港区 芝公園 3-4-30 7F
業種 チャットワーク事業(チャットワーク)
ソフトウェア販売事業(ESETセキュリティソフト)
URL https://go.chatwork.com/ja/



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