2,000万いいね!で世界を席巻するトーキョー・オタク・モード。COO安宅基が語る「やり込み」が生み出す突破力

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氏名 安宅基
肩書 Tokyo Otaku Mode Inc. COO & Co-Founder
略歴 元攻略本ライター。フリーエンジニアを経て、2009年11月にTwitterを活用したリアルタイムQ&Aサービスを開発し法人化、その後事業売却の形でバイアウトした。続いてTokyo Otaku Mode創業に参画。COO & Co-founderとして米国シードアクセレーター 500 Startupsのプログラム参加。EC事業など新規事業開発及び事業全般の統括を行う。

「いいね」数2,000万、Facebookページのランキング「ブランド」カテゴリーではZARAやコンバース、フェラーリすら超える位置にあるトーキョー・オタク・モード。世界最大級のジャパニーズ・ポップカルチャーメディアとして、日本のオタク文化を世界に販売する越境ECサイトとして、グローバル市場の中で特異な存在感を放つ同社の戦略を描いてきた安宅基氏が、単独インタビューに登場。トーキョー・オタク・モードの共同創業者・COOが語る意外な経歴と世界市場で生き残るための戦略とは?

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ゲーム漬けの日々から
攻略本のライターになる

—【聞き手:楯雅平、以下 楯】 本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、まずは、トーキョー・オタク・モードを始める前のご自身について教えてください。ゲーム攻略本のお仕事をされていた、という話もお聞きしましたが……?

【話し手:安宅基、以下 安宅】トーキョー・オタク・モードの前もいろいろな仕事をしていましたが、ゲームの攻略本の編集兼ライター業務をしていました。ひたすらゲームをプレイして、それについて攻略記事を書く、という仕事です。ゲームは、ライターとして仕事にする前もかなりやり込んでいたので、「現実社会に戻れないんじゃないか」と思われるレベルでプレイしていたこともあります(笑)。

どうして、そうなったかと言いますと、理由がありまして……。中学3年生の夏休み直前に学校の仲間といっしょにバレーボールをして遊んでいたんですね。その時、ジャンプした拍子に足を骨折しまいました。それで、しばらく怪我の影響で歩けなくなってしまい、夏休みの間、外に遊びにも行けませんでした。

僕が育ったのは「ゲーム禁止の家庭」で、とても厳しかったんですが、さすがに親も「夏休みなのに遊びにも出られないのはかわいそうだ」ということで、TVゲームで遊ばせてもらえることになりました。そうして出会ったのが『ダービースタリオン2(以下、ダビスタ)』という競馬ゲームです。まぁ、これが僕の運命を変えてくれましたねぇ(笑)。

このゲームは他のプレイヤーが育てた馬を「パスワード」を使って自分のカセットに入力すると対戦ができました。今のゲームはオンラインでデータをやりとりして対戦しますが、当時はパスワードを使ってデータのやりとりをして対戦していたわけです。そこに目をつけた競馬雑誌が「大会」を開き始めました。もともと本物の競馬の記事を書いていた雑誌が、ひとつの企画として「読者が育てたダビスタの馬を競わせる」というページを作り始めたのです。参加者がハガキにパスワードを書いて送ると、そのデータを使って編集部が対戦をして1位を決めるという「大会」が開催されていました。全盛期の20数年前には、そういう「大会」に何万通というハガキの応募がありました。

『ダビスタ2』は基本的に実在する馬の血統をベースに無数の組み合わせの中、最強馬が生まれるロジックを見つけ出すという戦いなので、血統データが書かれた攻略本がたくさん売れました。これは本物の馬の血統にも関わりがあって、情報を読み解いていく知的な面白さがあります。僕はそれにハマって、ずっとプレイしていました。

そうこうしているうちに時は流れて、僕が大学生になったころに『ダビスタ』のセガサターン版が出ました。その時は自分はすっかりゲーム漬けでしたので、新作が発売されたら、真っ先に新しい配合理論のロジックが解けたのです。それをインターネットに公開したところ、友達のつてを辿って攻略本の会社から「ちょっと詳しい話をきかせてもらえる?」という連絡がありました。その中で、当時ファミ通の編プロ(雑誌編集プロダクション)だった会社に会いに行くことになって、ダビスタの攻略して解いたロジックを説明していました。そういう流れで「アルバイトしてみないか?」という話になったのです。それで「ゲームやって、お金もらえるなんて夢のようだな」と思って(笑)、ライターとして働くことにしました。

社会人になって一瞬で挫折
編プロを経てインターネットで起業

実はその後、大学を卒業して新卒でSEの会社に入ったんですが、30〜40人いる中で1番最初に辞めてしまいました。今思うと、社会人として失格なんですが、研修とかが耐えられなくて(苦笑)。早く仕事がしたいのに、何も生産性がない研修が数ヶ月続くみたいな。そういうのが苦手なんで、本当に無理だったんです。それで、前にライターとしてお世話になっていた編プロに入社し、社員として本格的に攻略本を30冊くらい作りました。

—【楯】競馬のコミュニティサイトも作っていたとお聞きしましたが、それはどういった経緯で?

【安宅】編プロ会社がダビスタの攻略本でけっこう有名だったので、某スポーツ新聞社さんから「ミクシィの競馬版をつくりましょう」という話が僕たちにまわってきました。でも、結局某スポーツ新聞社は諸事情あって企画を進められなくなり、自分たちの会社で企画を実現していくことになりました。でも、社内にウェブに詳しい人がいなかったので自分が担当になりました。個人でゲーム攻略のウェブサイトをつくっていたので、その流れで「お前やれよ」という感じで言われて(笑)。ウェブサイトのワイヤーフレーム(デザイン)とかを作ったり、進行のディレクションをしたりしていました。ちなみにその時作っていたのが「ウマニティ」というウェブサイトで、私がネーミングしたんですよ。いまでもサービスは続いています。

» ウマニティ

こうしているうちに、自分でプログラミングもできるようになって「Google アドセンスで食っていける」と思っちゃって、Webサービスをたくさん作っていました。そうすると、中にはヒットするサービスもあって、仲良くなった会社の社長さんから「このサイト買うよ」と言ってもらえることがあったりして、個人開発者として働けるようになりました。

さらに、その中から大きく当たるサービスも出てきます。Twitterを使ってリアルタイムでQ&Aができるサービスを当時開発したら、それがヒットしました。今はちょうど『Peing』という匿名でTwitter上で質問ができるサービスが流行ってますけど、僕はそれと似た感じのものをTwitterが出たてのころに作っていました。当時で、すぐ10万人くらいの会員が集まったので法人として運営していたら、しばらくしてOKWaveさんから声がかかり事業譲渡しました。

2,000万「いいね」の始まりは
無料で誰でも作れる1ページから

—【楯】その後、トーキョー・オタク・モードの立ち上げに関わるわけですが、当時の苦労などは?

【安宅】そうですね。その時期はウェブサイトやサービスを作る仕事をしていて、それと平行する形でトーキョー・オタク・モードの立ち上げに誘われました。最初、自分はアドバイス役くらいのつもりで参加しました。僕も含め、みんな別の仕事をしていたので、トーキョー・オタク・モードは空いている時間を使いながらやっていました。全員がある程度ビジネスやインターネットの知識があって、コツもわかっているという状態だったのでスムーズでしたね。特に大変だった話というのはないかも……。ただ、英語ネイティブのメンバーがいませんでしたので、知り合いを頼って翻訳してもらうなどしていました。

—【楯】Facebookページは当時も今も無料で利用できますし、メールか電話番号があれば誰でも始められます。そのような参入障壁が低い仕組みをベースにして、勝ち残っている理由は何でしょうか?

【安宅】タイミングとフォーカスかなと思います。当時はミクシィが全盛期で、日本でFacebookに本気で取り組んでいる人や企業はまだまだ少数でした。今とは隔世の感がありますが、そういう状況だったので比較的早いタイミングで始めたのが良かったと思っています。その頃は、確かミクシィのアクティブユーザーが2,200万人くらいで、Facebookの日本でのユーザーが300万人程度だったはずです。もちろん、Facebookの存在すら知らない人もたくさんいましたし、世間的なブームになる手前でした。まだ、始まっていないものに賭けられたことが、今の僕たちの強みになっていることは間違いありません。

当時「ウェブサイトもブログも古い。FacebookというSNSの中でページをつくれるのが新しい。これからはこれが流行る」とメンバーで話して、そこにフォーカスしました。概念として新しすぎたのもあり、なんでウェブサイト作らないの?なんてよく言われましたけども。いまとなっては海外、特に英語圏に情報発信するにはFacebookページの活用は当たり前になりましたよね。

あと、勝ち残れた理由としては、外部に「ココがオイシイ」とバレないように気を使っていました。みんな本業がある中、サービスを運営していたというのもありますが、競合になりそうな人たちに「ビジネスチャンスがあるぞ」と思われたくなかったのです。ですから、日本人がやっている事も公にせずジワジワとやっていました。しばらくして「二木ゴルフさんが100万いいねを突破した」という発表か報道があって、ずいぶんと話題になりましたが、トーキョー・オタク・モードはとっくの昔に超えていた数字です。でも、誰も気づいていない。「すごいじゃん」と言われない状況を、あえて作っていました。

それもあり、当時のFacebookの「いいね」数日本ランキングには、僕たちのページは載っていませんでした。でも、ランキングサイトの運営者が気づいたのか、ある日突然、日本のランキングに移動されて1位になってしまったのです。注目を集めてしまうと困るので運営者へ連絡をしようとなったのですが、そこで一計を案じました。日本語のメールを機械翻訳で1回英語にして、さらにもう1回日本語に直します。そうすると「どう見てもこれは日本人が書いたメールじゃないな」という文面になるので、それを運営者に送りました。結果は大成功でしたよ(笑)。次の日にはトーキョー・オタク・モードのページは日本のランキングから消えていました。

» Tokyo Otaku Mode

マネタイズに向かない場所で
あえて事業を続ける勝算は?

—【楯】Facebookページには直接マネタイズする方法はありません。Googleのアドセンスなどですぐに広告収入が得られたブログやウェブサイトと比べると不利だと思いますが、あえてそこを選んだ理由は?

【安宅】おっしゃる通り、運営はFacebookページに表示された広告から収益を得ることはできません。例えば、トーキョー・オタク・モードのFacebook投稿にはいつも多くのいいね!やコメント、シェアがされますが、そこから直接収益を得ることはできないのです。ですから、自社のウェブサイトなり、ECサイトなりに誘導して、そこできっちりマネタイズする方法を用意しないとご飯が食べられない(笑)。

そのやり方については、僕たちも本当に試行錯誤してきています。一時期はFacebookページから思いっきり自社サイトに誘導する方針で「絶対来てほしい、無理矢理でも呼び込もう」という勢いの施策も試したことがありますが、力ずくで流し込むようなやりかたは無理がありますね。今はFacebookページから自社サイトへの誘導にはこだわらず「まずはトーキョー・オタク・モードを知って、楽しんでいただければ、いずれどこかでお金を使ってくれるお客さんにもなってくれるでしょう」というくらいに考えています。

無料で楽しむなかでファンになってもらうことは、ビジネス的な意味では「信用」を積み重ねているということであり、これはとても重要です。例えば、Amazonなどの「誰もが知っている場所」以外で買い物をする場合を考えてみてください。「はじめて見るサイトにいきなりクレジットカード情報を入力する」のはユーザーにとってかなり心理的ハードルが高いですよね?しかも海外のサイトだとしたらなおさらです。でも、それがほぼ毎日のように見て楽しんでいるFacebookページの運営会社と同じであれば、ハードルはグッとさがります。そういう視点で、トーキョー・オタク・モードは「まずはお楽しみください。いずれお買い物をしていただけたら、うれしいです」というスタンスで運営しています。

2,000万超の「いいね」から
利益を生み出す次なる一手

—【楯】楽しんでいただくことでファンになってもらい信用が生まれ、そこからビジネスが育つということですね。では、具体的にマネタイズ、というフェーズになったときに、御社が用意している「入口」としては、やはりまずはEC(通販)サイトということになりますか?

【安宅】そうですね。ただ、ECを実現するのは本当に手間暇がかかりますよ。ウェブメディアの会社さんが気軽に「うちもECを始めようと思いまして……」みたいに言ってるのを聞くと「そんな簡単じゃないよ」と思わず言いたくなるくらいです(笑)。ショッピングサイトというのは、玄関がウェブサイトなだけで、その先のカスタマーサポートやロジスティクス(倉庫、配送など)は労働集約モデルのビジネスです。しかも、そこは決して新しい市場ではなく競合も多いですから一筋縄ではいきません。

とはいえ僕たちも最初は「メディアでリーチできるファンがいるなら、お店もやってみようか」という軽い気持ちで始めたのですが、これは想像以上に大変でした。会社4個分くらいの労力がかかっている感じがしますね。最初は、倉庫は他社さんにお願いしていたのですが、成長のスピードやスケールに対応するために自社での運営・管理に切り替えました。当時は海外に売ろうにも越境ECの仕組みがありませんでしたし、配送方法もない、先行事例もない、という状況です。それを解決する仕組みづくりやオペレーションづくりをひとつひとつやってきました。

—【楯】ECサイトや倉庫の自社運用にこだわる理由は?

僕たちのECはサイトは、もちろん物販をしているわけですが、それ以上に「体験を買って頂いている」という思いがあります。トーキョー・オタク・モードでは、ギフトラッピングを「厚手の不織布のギフトバッグに光沢がある白いリボンをぬい付け、ちょうちょう結びをする」というスタイルにしています。これは海外のお客様へ日本の品質や文化をお届けするために行なっているのですが、加えて海外配送の際に通関時で包を開いてチェックを受けることがあるという越境EC固有の事情に対応するためです。紙で包んだラッピングだと一度開封されるとひどく乱れてしまいますが、不織布のギフトラップなら結び目だけの乱れで済むという利点があるのです。こういったおもてなしとオペレーションの両方にメリットがある細かな仕組みづくりができるので、私たちは配送システムや倉庫の自社運営にこだわっています。

—【楯】EC以外のマネタイズ方法としては、どのような方法がありますか?

【安宅】現在はECに加えて「トーキョー・オタク・モードのファンクラブ」的なかたちで月額有料会員になってもらい、そこからいろいろなサービスを楽しんでいただく、という仕組みを作っています。ビジネスの話で言うと、月額課金のサブスクリプションサービスは先が読める、というメリットもあります。あとは自社で商品を企画開発し販売する「TOM Projects」というページもオープンしました。

» 【EC】Tokyo Otaku Mode Shop

» 【商品開発】Tokyo Otaku Mode Projects

—【楯】これまではBtoCでのマネタイズのお話でしたが、BtoBだとどのような展開をされていますか?

【安宅】メディアとしてPRのお手伝いを行なっていて、北米に進出したいソーシャルゲームの会社さんなどにご利用いただいています。また、コンテンツ系だとマンガやアニメの翻訳をしていて、これは出版社さんなどがお客様です。あと、海外への配送代行をしています。これは通常の自社の配送フローの中でお客様の商品も配送するという流れです。後の2つは、自社に蓄積した知見やオペレーションフローを他の会社さんにご提供するという事業ですね。

ネクストフロンティア
仮想通貨への挑戦

—【楯】仮想通貨を使ったICOについての取り組みを始める、と発表されましたがこの件について詳細を教えてください。

【安宅】いまは有識者の方に話を聞くなどして、リサーチをしているという段階、まだ、「必ずやる」という話ではありません。ですが、なぜ、始めたのかと言うと、背景にあるのは「このままでは日本のアニメ・マンガ・ゲーム業界は衰退してしまう」という危機感です。かつて日本が世界に誇った液晶テレビが海外製品に負けたのと同じことが、コンテンツの世界でも起こる。このまま行くと同じ道をたどると思っています。

誰もが気づいていることですが、今の時代、日本市場だけを相手にしていては世界で生き残れません。日本のマンガやアニメは海外で大人気ですが、その人気に比べて海外からのマネタイズはうまく行っているとはいえない状況が続いています。背景として、この産業に関わる大半の日本人は英語ができないという事情もあって、もっと大きな市場が狙えるのにそこまでたどり着けず、結果的に未来の作品を生み出すクリエイターさんにも還元できないという状況が続いています。グローバルで成功できれば、2倍、3倍、10倍の売上にでき、それがひいては未来の優れた作品作りにつながっていくはずなのに、もったいない状況なのです。ディズニー作品は『アナと雪の女王』のようなヒットになれば単体で1,100億円を超える累計売上をつくります。そのモデルがいまの日本ではつくれない。邦画と洋画の違いも似たようなことだと思いますが、2億円の制作費と10億円の売上という規模感では、世界で見たときはまだまだ小さい規模感なのですよね。

そこで、流通の仕組みをもっとスムーズにできたら世界と日本のコンテンツをシームレスに繋げる一助になるのではと考えました。コンテンツもECも同じで、同じ1つの商品を買うのに100ヵ国分の別々の通貨を使う意味はありません。それにいまのECの仕組みは、クレジットカード会社に手数料を支払わなければならないし、為替の変動があるので煩雑です。そこで、同じ業界で同じ単位の通貨を使えば流通がよりスムーズになるだろうと考えたのです。

一方で現状は仮想通貨は価格変動の幅が大きすぎて、まだ決済に使うには実用的ではありません。始まったばかりのころのインターネットも、当時は音楽がダウンロードし放題の犯罪の温床だと言われていましたが、今や生活に無くてはならないものになっています。仮想通貨も同じかもしれない。未成熟であっても仮想通貨という仕組みの中でコミュニティが作れるなら、大きな変化が起こせるかもしれないと思っています。それが将来的にECにつながれば僕たちのビジネスとしてはOKで、アニメ作品の流通規模を拡大させてクリエイターに還元できるところまでつなげたい。100年の歴史があるアニメ業界からすれば「新参者が何を言っているのか」という話だと思いますが、僕たちとしては「ネットが専門なんでお役立てください」という熱い想いで進めています。日本のアニメ業界が一丸となって世界で戦えるようになって欲しいと切に思っています。

世界に打って出て見えたこと
いまの日本に見出す危機とは

—【楯】インタビューで各界のキーパーソンの方にお話をうかがうと「日本はこのままではまずい」という危機感をお持ちの方が多いです。一方で御社はソーシャルメディアのパワーと日本のオタク文化を武器に世界で戦っていらっしゃいます。そういった中で、思うこと、読者の方に伝えたいことがあればお願いします。

【安宅】日本社会が発展する、衰退するという話をする時にはいろいろな尺度があるとは思いますが、一例としてGDPを見てみましょう。僕が生まれた40年くらい前の日本は世界で2位でした。それが、僕らの世代の子どもたちが大人になるころには、トップ5から脱落しているでしょうし、もっと悪ければトップ10にも入れない可能性があります。

こうなると「稼ぐより、趣味を楽しもう」みたいな国なっていて、それはそれで幸せかもしれないけど、僕らが持っていたような日本に対する誇りみたいなものは失われると思っています。人口が減る、労働人口はもっと強烈な勢いで減る、だから消費者も減る、ということを考えると避けられないでしょう。そうなると、選択肢としては、もう海外に売るしかないんです。これ以上にシンプルなことはない。

ところが、グローバル市場に打って出るという時に、日本人は英語が話せる人が少ない、という学校教育の問題があります。一方で、韓国社会は国内人口が日本の半分、そして国内経済だけでは成り立たない状況になり、英語はみんな学生時代にマスターする。国が主導してグローバル市場で勝負する方向に舵を切っていったわけです。それから、10年20年と経つと物の売れ方がずいぶんと変わっています。

国内のベンチャー企業には優秀な人たちがたくさんいるので、国内市場だけを相手にするとか本当にもったいないですよ。そういう優秀な人ほど海外に出てって欲しい、海外からやってほしい。国内でいったんちょっとお金持ちになっておこうなんて思わないで、僕たちと同じようにどんどん海外やっていきましょう(笑)。

「やり込み」が突破力を生む

—【楯】最後に、時代のキーパーソンになることを目指す人たちに向けて、メッセージやアドバイスがあればお願いします

【安宅】僕は自分がキーパーソンなんて呼ばれると思っていなかったし、そもそもそういうつもりで生きてきたわけじゃないんですよね。言い忘れたかもしれないですが、僕は5年間『ファイナルファンタジーXI』のヴァナ・ディールって世界に住んでいたんですよね(笑)。その世界で過ごした時間は1,000日以上、約3年いました。だから、現実に戻ってきたのが奇跡みたいなものですよ(笑)。その時の自分からしたら、まさかこういうことになっているとかぜんぜん思ってないし、まして経営をするとか、まったく思ったことがないんです。

だけど、どうしてここで続けられたかと言われると、同じことをやり続けられた、積み重ねができた、ということなのかなと思います。普通の人からするとよくわからない理由で何かを「やり込む」、「一個のことを突き詰める」ということをやってきました。『ダビスタ』は同じ作業を1万回とかやるんですよ。トイレも食事も我慢して。そういう”ちょっとおかしい人”って周りにもいると思うんですけど、僕も含めてリアルなコミュニケーションで失敗をして自信を失っちゃたり、世の中に出ていきづらい人っていっぱいいるとおもうんです。でも、結局1個のことを突き詰めてやれることがすごく大事で、尋常じゃないレベルまでやり込んで、やり遂げるという「オタク力」がキーパーソンになるには必要なことだと思います。

—【楯】本日は、貴重なお話をありがとうございました。

【安宅】ありがとうございました。

Company
企業 Tokyo Otaku Mode Inc.
所在 東京都渋谷区渋谷3-9-10 KDC渋谷ビル
業種 メディア、EC、クラウドファンディング
URL https://corporate.otakumode.com



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